子供達をドイツを中心とした各国に嫁がせ、晩年には「ヨーロッパの祖母」と呼ばれるに至る。しかし女王自身が血友病の因子を持っており、ロシア皇太子アレクセイを始めとする男子が次々と発病した。著書ではそのことを「ヨーロッパ王室の悲劇」と書いている。ヴィクトリア女王の傍系の親族には血友病保因者はいないため、ヴィクトリア女王が血友病の突然変異を持って生まれたと見られる。
ヴィクトリア・アデレイド・メアリ・ルイーズ(1840年 - 1901年) ドイツ皇帝フリードリヒ3世妃
エドワード7世(1841年 - 1910年)
アリス・モード・メアリ(1843年-1878年) ヘッセン大公ルートヴィヒ4世妃
アルフレッド・アーネスト・アルバート(1844年?1900年) ザクセン=コーブルク=ゴータ公、エディンバラ公
ヘレナ・オーガスタ・ヴィクトリア(1846年-1922年) シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公子フリードリヒ・クリスティアン・カール夫人
ルイーズ・キャロライン・アルバータ(1848年?1939年) アーガイル公ジョン・ダグラス・サザーランド・キャンベル夫人
アーサー・ウィリアム・パトリック(1850年?1942年) コノート公
レオポルド・ジョージ・アルバート・ダンカン(1853年?1884年) オールバニ公
ベアトリス・メアリ・ヴィクトリア・フィオドア(1857年?1944年) バッテンベルク公ハインリヒ・モーリッツ妃
脚注^ 実際には、大臣の指名や政策など政治に相当干渉していた[要出典]。しかしながら、その度合いは以前の国王たちに比べると穏やかだった。政党では保守党をひいきしていたようである。
日本語文献
ヴィクトリア女王(リットン・ストレイチー/小川和夫訳、冨山房百科文庫32)
ヴィクトリア女王(スタンリー・ワイントラウブ/平岡緑訳、中央公論社(上下巻)/のち中公文庫(全3冊))
ヴィクトリア女王―大英帝国の戦う女王(君塚直隆、中公新書 1916)
関連項目ウィキメディア・コモンズには、 ⇒ヴィクトリア に関連するマルチメディアがあります。
ヴィクトリア朝
ヴィクトリア湖
ヴィクトリア滝
血友病
ヴィルヘルム2世 (ドイツ皇帝)
フアン・カルロス1世 (スペイン王):ヴィクトリアの曾孫に当たる。
ヨーロッパの祖母
外部リンク
⇒日本ヴィクトリア朝文化研究学会
先代:
ウィリアム4世連合王国女王
1837 - 1901次代:
エドワード7世
カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 連合王国の君主 | ハノーヴァー家 | インドの君主 | 1819年生 | 1901年没
更新日時:2008年9月10日(水)13:22
取得日時:2008/10/07 21:19