千葉時代
1992年〜1994年 - 本拠地が千葉市に移転し、球団名が千葉ロッテマリーンズとなり、初めてプルオーバー・タイプを採用。サンライズ・ピンクとカレント・ブルーで千葉県のイメージを前面に押し出した。帽子マークはCLM(Chiba Lotte Marinesの略)で真ん中に波模様が入ったもの。
1995年〜2003年 - 後述する事情から、広岡達朗GMの提案によりユニフォームを一新。チームカラーを白と黒を基調にしたものになる。毎日オリオンズ時代から東京時代まで使われていた縦縞が復活し、シカゴ・ホワイトソックスを模したデザインになる。さらに、当時球界で主流になりつつあったユニフォームのパンツ裾を足首まで下げるスタイルを、広岡GMが非常に嫌っていた為、ストッキングにMマークの刺繍が入る。ちなみにビジターユニフォームの胸の文字はホームユニフォームの“M”に対し、“Marines”の文字が入ったものだった。
2000年より ビジターでの負けが多い事から、上下グレーのビジター用ユニフォームを上が黒、下がグレーの新たなユニフォームに変更した。ビジターゲームでマリーンズファンが「黒の軍団」と称されるのは、この頃からである。また、変更された上下グレーのユニフォームはその後2003年にサードユニフォームとして復活した(翌年はセカンドビジターユニフォーム)。このサードユニフォームの胸の文字はホームユニフォームと同じ“M”であり、背番号の上には選手の名前が書かれていないものだった。このユニフォームは金曜日、土曜日、日曜日のビジターゲームに使われ、その他の曜日のビジターゲームでは黒地のユニフォームが使われた。
2004年〜 - 復帰したバレンタイン監督の提案で、上記のユニフォームにプラスする形で、ダンダラ帯のはいったサンデーユニフォームが登場(ファンの間では「法被」と呼ばれる)。初年度は縦縞の入ったホーム用の白パンツとの組み合わせだったが、翌年から法被に合わせてデザインされた新たな白パンツが登場した。
2005年よりユニフォームの名称を変更し、法被と白パンツを組み合わせたものを「誠(まこと)」、法被と黒パンツの組み合わせを「侍(さむらい)」、それまで使用されてきた上下縦縞を「戦(いくさ)」とした。また、ビジター用のユニフォームのデザインも変更され、パンツも白パンツに変更した。上下グレーのセカンドビジターユニフォームは廃止され、ビジター用のユニフォームは1種類のみとなった。また、黒地のビジターユニフォームの胸の文字が“Marines”からホームユニフォーム、廃止されたセカンドビジターユニフォームと同じ“M”に変換される。ホームゲームでどのユニフォームを着用するかは、メジャーと同じく先発投手が自由に選んで決められる方式にした。この年の後半にはいい状態でチーム状態が継続していたため、普段は「戦」を選択する清水直行さえ縁起担ぎで「誠」を使用。ポストシーズン(プレーオフ・日本シリーズ・アジアシリーズ)のホームゲームでは「誠」で戦い全勝した。
しかし、「戦」「誠」が選手に受け入れられたのに対し、「侍」は「格好が悪い」ために選手から敬遠されていた。実際、2005年に公式戦で「侍」が着用されたのは5月14日の対ヤクルト戦の1回だけで、先発のダン・セラフィニがこのユニフォームを選択したが、その試合は3-11と大敗。その後「縁起が悪い」と敬遠されたのか、「侍」を選択した先発投手はいなかった。結果、「侍」は2005年の1年限りで廃止された。
2008年より デサント社がオフィシャルサプライヤー契約を締結、デザインをマイナーチェンジした。
ホーム用は二種類でストライプ入りタイプと、胸ラインを赤色にしたタイプがある。
ビジター用は黒を基調にしたグラデーションタイプのものである。またビジター用ユニフォームには球団ペットマークが浮き上がって出るような形であしらわれている。
先祖帰りのユニフォーム
「千葉ロッテマリーンズ」となった1992年にチームのイメージカラーとしてピンクが登場、球団旗・ペットマーク・ユニフォームに採用された。