ロッテオリオンズ
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その他の記録

最小ゲーム差 1.0ゲーム(1952年)

最大ゲーム差 39.5ゲーム(1983年)

最多本塁打 193本(1971年)

最小本塁打 56本(1953年)

最高打率 .287(1985年)

最低打率 .232(1965年)

最高防御率 2.40(1956年)

最低防御率 5.12(1983年)

最多連勝 18(1960年)

最多連敗 18(1998年)


チームの特徴

1983年まで、前身を含めて当時の12球団では唯一、年間最下位がなかった。前後期制の1975年前期、1982年前期は最下位となっているが、年間通算での最下位は1983年が史上初である。ただし、それ以降は低迷が続き、1988年から1998年までの11年間で6度も最下位に甘んじている。

チームの生え抜き選手が監督に昇格する巨人阪神広島などと比べ外様監督が多いことでも知られている。このため、生え抜き監督は西本幸雄戸倉勝城山内一弘有藤道世八木沢荘六の5人しかいない。但しコーチはオリオンズ・マリーンズOBが多く、山本功児が監督を務めていた時は山本(厳密に言えば、山本は巨人出身であるため生え抜きではない)も含めてコーチ全員が球団OBだったこともある。


東京・仙台・川崎時代

以前のニックネーム「オリオンズ」は星座オリオン座が由来。球団創立以来1991年まで使われた。チームの愛称は一般公募され「オリオンズ」は得票数5位だったが、星は毎日新聞社の社章に因んでいることからつけられた。

大映ユニオンズと合併した際、毎日側は新球団名として「毎日スター」を提案。これを受けた永田雅一は一応納得はしながらも「以前、毎日新聞は『大毎』(大阪毎日新聞の略称)と呼ばれ親しまれていた。今でも自分は毎日を大毎と思っている。何故この新球団を『大毎オリオンズ』としないのか」と反論。毎日側も納得し、新球団名は永田案が通った。しかし実際には「プロ野球には我が大映が先んじて進出しているのだから、後発の毎日よりも前に大映を示す“大”の文字が入るのが当然である」という永田の思惑によるところが大きかったといわれる。

旧球団歌は「わがオリオンズ(毎日球団の歌)」。これはマリーンズに名称が変更されるまで、オリオンズの歌であった。他に「ビバ!オリオンズ(作詞・作曲:郷伍郎、編曲:小六禮次郎)」や「われらロッテ親衛隊」などがあった。また最近になってオリオンズ時代の球団旗をモノトーン調にし、ロゴを「LOTTE Marines」にしたユニークな応援旗も確認されている。


千葉時代

1992年から愛称を「オリオンズ」から「マリーンズ」に変更。公募されたものの1位は「ドルフィンズ」だった。しかし中日の略号「D」と被る為に、他に使用例のない頭文字「M」の「マリーンズ」が選ばれた。これは本拠地である千葉マリンスタジアムの名称にちなんだものであるが、コラムニスト・綱島理友が「マリーンズを日本語に訳すとどういう意味になるのか」と疑問に感じたため球団事務所に電話で問い合わせたところ、球団からは「一応、海の勇者という意味で使っています」との公式回答があったという。ただし英語における名詞形のmarineには「海兵隊員」以外の意味合いはなく、このため公式サイト上の試合速報でも海兵隊の文字が散見される。オーナー企業であるロッテは菓子の製造・販売を主たる事業としており、球団名との関連は無い。なお公募の際「オリオンズ」票が多数あった。千葉に因んで有名な千葉を本拠地にした架空のチームを舞台にした漫画『すすめ!!パイレーツ』と同じ「パイレーツ」も多く票を集めたが、作品との混同とそれにまつわる権利上のトラブルを避けたのと、作中でのパイレーツが(基本的には)笑い者にさえされている弱小チームであるため、実在のチームに名付けるのはイメージが悪いという判断で却下されている。

選手の補強には比較的消極的ではあるが、球団は生え抜き球団をかなり意識しているためであり、スカウトの行動範囲が広く、中学野球に足を運びスカウト活動をすることもある。

交流戦は2005年2006年と2年連続優勝。セントラル・リーグの各球団が千葉マリンスタジアムの特色である強風に不慣れである等の要因が大きいとは言え、セ・リーグに対し強い得意意識を持っており、特に2005年から2007年にかけては、読売ジャイアンツに対して13勝3敗と完全にカモにしていた(2006年は6戦全勝、しかし2008年は4戦全敗)。交流戦はマリーンズ上昇のきっかけになっているが2006年度は一度は浮上したもののその後失速、低迷した。


マスコット

初代マスコットは東京オリオンズ時代の桃太郎である。

2代目マスコットはロッテオリオンズ時代の「風船ガム坊や(バブリー君という説もある)」である。

3代目マスコットはピンクのユニフォームのころのカモメのマスコット(名称不明)である。現在のマーくんとは容姿が異なる。

現在のマスコットであるマーくんは4代目。

球団マスコットカモメがモチーフ(その姿からアヒルに間違えられる事もあるという)。マーくん(5歳)、リーンちゃん(4歳・マーくんの彼女)、ズーくん(3歳・マーくんの弟)の3人。いずれも背番号なし。マーくんはユニフォーム姿、リーンちゃんはポニーテールでピンクのサンバイザーに白のトレーナー若しくはピンク系のスタジャン・白またはピンクのプリーツミニスカ姿、ズーくんは前後逆に被った黒のキャップに灰色のパーカーとハーフパンツ姿で左頬に絆創膏。マーくんは2008年1月の年始イベント「初投げ・初売り」で、鏡割りをした樽の清酒を、未成年でありながら成年のファンと一緒に飲むという荒業を披露している。全員がチーム・マイナス6%メンバー(744号・745号・746号)。

2005年8月3日イワトビペンギンをモチーフにビン底メガネをした謎の新マスコットが突然デビュー。8月24日にこのマスコットの名前が「クール」と正式発表された(ペンギンであることからロッテのガム「クールミント」が名前の由来と思われる。前述のマスコットと同様、背番号なし)。クールは「1992年にマリーンズの前身ロッテオリオンズのマスコットになるべく川崎球場にやってきたものの、当時すでにチームは千葉に移転しており、その夢は叶わなかった(通常背中に「ロッテオリオンズ応援団」と書かれたオリオンズ時代のユニフォームを着用しているのはそのため)。そのことを知るべくもない彼はチームを探して日本や世界中をあちこち探し回っていたが、14年目の2005年にようやくロッテオリオンズが千葉ロッテマリーンズと名前を変えていることを知り、千葉へ行った。しかしチームには前述のカモメをモチーフとしたマスコットがいるため、彼はビジターチームのファンを盛り上げることでスタジアム全体を盛り上げる役目を担うことになった」という設定。試合中は相手チームのビジターユニフォームを羽織り、レフトスタンドや三塁側スタンドに陣取ったビジターチームのファンを盛り上げていたが、ビジターファンからは今一つ受け入れられなかったようで登場からわずか1ヶ月でテコ入れ。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki