MTVが派手な産業ロックを流す一方、有線放送チャートやインディーズチャンネルでは、パンクに影響をうけたオルタナティブ・ロックと呼ばれるサウンドが姿を現していた。特にシアトルのインディペンデント・レーベルのサブ・ポップがサウンドガーデンやグリーン・リヴァーといった地元の有望バンドを精力的にバックアップしていたことから、シアトルのアンダーグラウンドシーンは次第に注目を集めることとなる。そのような中、1991年にニルヴァーナが『ネヴァーマインド - NEVERMIND - 』でメジャーデビューし、全世界で1,000万枚を売り上げる大ヒットを記録、グランジ・ブームが訪れる。
また、ほぼ同時期に、ファンクやヒップホップのグルーヴ感を取り入れたミクスチャー・ロック・バンドとして注目されていたロサンゼルス出身のレッド・ホット・チリ・ペッパーズが、5thアルバム『ブラッド・シュガー・セックス・マジック - BLOOD SUGAR SEX MAGIK - 』(1991年)をリリースし大ヒットを記録、ヘヴィメタルに代わってオルタナティブ・ロックがロックのメインストリームとなっていく。
一方、メタリカが5thアルバム『メタリカ - METALLICA - 』(1991年)で提示したヘヴィなサウンドは、パンテラの6thアルバム『俗悪 - VULGAR DISPLAY OF POWER - 』(1992年)においてよりヘヴィで攻撃的なサウンドとなって、数々のバンドの手本とするところとなり、ミクスチャー・ロックと相まって、次代のコーンやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、マリリン・マンソンなどのヘヴィ系ロックバンドがメジャーデビューする下地を切り開いた。
1994年のニルヴァーナのリーダーであったカート・コバーンの自殺により、グランジブームはオルタナティブ・ロック・ムーブメントに呑み込まれる形で終わりを迎える。そして多様性を増したオルタナティブ・シーンは、ドラマティックな楽曲展開で絶大な支持を得たスマッシング・パンプキンズらを中心に、フー・ファイターズやウィーザーのようなキャッチーなメロディを売りにしたバンドや、コーンやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンといったヘヴィなミクスチャーロックバンド群に後押しされる形で肥大化。『オルタナティブ・ロック』は一ジャンル用語に転化していく。
また、アメリカでグリーン・デイやオフスプリングなどのポップ・パンク・バンドが人気を博す一方、イギリスでは原点回帰的サウンドともいえる、オアシスとブラーに代表されるブリットポップムーブメントが発生した。そしてその後を追う形でレディオヘッドやトラヴィス、コールドプレイといった叙情的なバンドが登場し、2000年代も活躍を続けている。
ロックンロール・リヴァイバル・ムーブメント(2001年以降)
コーン、リンプ・ビズキット、リンキン・パークなどのブレイクによりニュー・メタルがロックの本流としての地位を確立するにつれて、旧来のストレートなロックサウンドが見直されるようになる。そのような状況下、2001年にアルバム『イズ・ディス・イット』でデビューしたストロークスがそのガレージロック的なアプローチから注目を浴びることとなり、『ホワイト・ブラッド・セルズ』(2001年)でメジャーデビューしたホワイト・ストライプスや、リバティーンズなどのバンドとともに、『ロックンロール・リバイバル(又はガレージロック・リバイバル)』と名付けられ、現在(2006年)なお人気を博す。
また、その中からフランツ・フェルディナンドやアークティック・モンキーズといった、1980年代のニュー・ウェイヴやポストパンクを思わせる鋭角的でダンサブルなビートを取り入れたバンドたちも続々と台頭し、新たな勢力としてチャートをにぎわしている。
ロックの発展期とレコードの製作技術と録音技術の発展期とは重なる。ロックンロールが生演奏を再現するためにレコードを用いたのに対して、ビートルズ以降のロックはレコードでこそ実現できる音楽を目指した。そのため、複雑な多重録音やステレオ再生を生かしたミキシングなどが多用された。その史上初の試みはビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドやビーチ・ボーイズのペット・サウンズ等においてなされた。