ロサンゼルス
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概要

ロサンゼルス市の人口は3,844,829人(以下、アメリカの市・郡・都市圏の人口は2005年)で全米2位の規模。市内にハリウッドやザ・バレーなどがある。

市の花:極楽鳥花(ゴクラクチョウカ、ストレリチア

市の木:珊瑚刺桐(さんごしとう)

ロサンゼルス市は、ロサンゼルス郡内にあり、郡内には他にビバリーヒルズサンタモニカロングビーチなどが含まれる。郡の面積は12,308km2で、人口は約976万人。

ロサンゼルス市を中心とする都市圏は、グレーター・ロサンゼルス・エリア、または、サウスランドなどと呼ばれるが、単にロサンゼルスとも呼ばれる。都市圏の範囲は、ロサンゼルス郡オレンジ郡ディズニーランドで有名なアナハイムがある。人口約306万人)を合わせた2郡のみとする場合と、さらに周辺のリバーサイド郡、サンバーナーディーノ郡、ベンチューラ郡を合わせた計5郡を指す場合とがある。2郡の面積は12,562km2(参考:新潟県 12,579km2)で、人口は約1292万人。5郡の面積は87,941km2(参考:北海道 83,454km2)で、人口は約1763万人。ロサンゼルス都市圏は、日本の京阪神大都市圏(面積11,169?、人口1864万人?2000年国勢調査)より小規模であるが、映画産業を初めとして世界への情報発信力が強い。

ロサンゼルスに滞在(永住者と3ヶ月以上の長期滞在者)する日本人は29,809人(2003年10月1日時点)と、トップのニューヨーク(49,748人)に次いで2番目に多い。なお、2006年10月1日時点では、ロサンゼルス郡とオレンジ郡の合計で、56,023人の在留日本人がいる。[1]

治安状態については改善が進んでいるものの、2007年10月13日時点までの犯罪発生件数は10万件にも達し、アメリカの主要都市で、依然として犯罪件数が多い都市の一つとされている。[2]


「Los Angeles」の読み方

"Los Angeles"という都市名は、「天使(複数)= the angels(英語)」を意味するスペイン語 los angeles に由来している。スペイン語での発音は「ロサンヘレス」(太字はアクセント)。英語では「ローサンジャラス」または「ロサンジャリーズ」。

英語とスペイン語では、LA(英語: エル・エイ、スペイン語: エレ・ア)と略される。 日本では、「ロス」(Los)と略される。 しかし、「los」はスペイン語の男性定冠詞(複数形)であるため、それ自体は意味を持ち得ない。 そのため、スペイン語・英語いずれでも「ロス」をロサンゼルスの略称としては使用しない。

なお、ロサンゼルス観光局は、「ロス」という略称は「ロス暴動」や「ロス疑惑」などの事件や犯罪に絡んだ悪いイメージを連想させるため、LAという略称を代わりに広めようと日本人観光客の誘致を強化の一環としてイメージアップ作戦を展開している。

かつて中国語では音訳して羅省枝利(現代の普通話ではLuosh?ngzh?li(ルオションチーリー)と発音)と書き、これに由来して日本語では羅府(らふ)とも呼ばれた。現在も『羅府新報』という新聞が発行されている。なお、現在、中国語ではロサンゼルスを洛杉磯(正体字)または洛杉?(簡体字)と音訳している(普通話ではLuosh?nj?(ルオシャンチー)と発音)。


歴史


メキシコからアメリカユニオンステーション待合室

1781年に、スペイン人のネベ総督が現ロサンゼルス市ダウンタウンのオルベラ街あたりに小さな村落を建設したのが始まり。一方、地名はそれ以前にこの地に踏み入れ、モンテレー湾を目指していたポルトラという男が、聖母マリアに因んでLos Angeles(ポルシンウラの天使達の女王)と名付けていたのを、そのまま利用したといわれる。

1821年にカリフォルニアはスペイン領から独立し、メキシコ領となる。その後アメリカ・メキシコ戦争(米墨戦争ともいう)でメキシコに侵略したアメリカによってテキサスなどとともに領有される。1850年には市制が敷かれたが、当時の人口はまだ1610人であった。


飛躍的発展

その後鉄道網の発達に伴って、とりわけ柑橘類を始め、野菜、穀物、牧畜などを東部に運び出すための集散地として北部のサンフランシスコと共に発展、同時にパサデナバーバンクサンタモニカなどの郊外都市も発展し、メトロポリス形成の基盤となる。しかし、ロサンゼルスが飛躍的に発展したのは20世紀に入ってからであり、様々な要因がある。一つ目は湾岸の油田発見による石油化学工業の発達、二つ目は大戦中に急伸した航空機産業の発達、そして三つ目はハリウッドに代表される映画産業の発達が大きい(産業の項で詳述)。立ち並ぶオイルリグ

そして自動車交通の発展である。ロサンゼルス都市圏は非常に広域であるため、交通手段にマイカーは欠かせない。そのため、他の都市よりいち早くフリーウェー(高速道路)を整備し、10本以上の幹線が市街を網羅している。一方、市街交通手段として発達していたパシフィック電鉄などの路面電車は、1930年代から1960年代につぎつぎと撤去され、世界的に例のないほどの自動車交通偏重の都市となった。そのため、1980年代は大気汚染が深刻であった(今日ではかなり改善されてきている)。

こうして、市街地は急速に発展していった。しかし、一方で飲料水、工業用水の確保が急務となった。そこで1913年シエラネバダ山脈の東部を流れるオーエンズ川と市を結ぶ水路を建設、1936年には豊富な水量を持つコロラド川から水を供給し、この問題は解決された。



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki