ラーメン
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出汁の種類による分類
豚骨ラーメン
豚骨を使用し、白濁したスープが特徴。白に茶色が掛かった物もある。戦前、福岡県久留米のあるラーメン屋で、豚骨の煮込みの時間と強さを間違えて、強火で長く煮込みすぎたのが発祥という説もあるが、はっきりしていない。久留米や熊本では濃厚だが、博多はそれを濾すためあっさりしている。東京、横浜、和歌山、岡山、広島などでは醤油と合わせたもの(豚骨醤油)もあり、大阪のラーメンもその系統に近いものが比較的多い。ただし、豚骨ラーメンが一般的でない地域においては、「豚の軟骨(部位で作ったチャーシュー)をトッピングしたラーメン」を指す場合もあるので注意が必要。
豚骨醤油ラーメン
白濁した豚骨スープに醤油のタレを加えたもの。上記の醤油ラーメン・豚骨ラーメンのどちらにも分類可能ではあるが別個のジャンルとされることが多い。京都では「屋台味」と呼ばれることが多い。
魚介系ラーメン
鰹節を始めとした魚介類をベースとしたラーメン。

豚骨ラーメン

豚骨醤油ラーメン


その他 この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
タンメン
鶏ガラスープをベースとした、野菜炒めをトッピングしたラーメンではあるが、塩ダレをスープで割る日本の塩ラーメンとは全く別もの。また中国の湯麺(タンメン)とも異なる。
インスタントラーメン
湯を注ぐ、もしくは湯で煮るだけで食べられるインスタント食品


歴史


沿革

日本で最初にラーメンを食べたのは徳川光圀水戸黄門)だという説がある。倉敷作陽大学の小菅桂子の主張によれば、1659年から亡命した儒学者朱舜水水戸藩に招かれた際に、所持品リストにラーメンを作る際に使うものが含まれるから、中国の汁麺を献上したとの記録はないものの、実際に作ったに違いないという。しかし推測の域を出ない。これを復元したラーメンは横浜ラーメン博物館にある。一方、日本への伝搬の起源として明治時代神戸横浜などの中華街で提供された南京そばに始まるとする説と、次が大正10年(1921年)に現・北海道大学正門前にできた竹屋食堂からとする説がある。どちらも、現在のラーメンとはスープも麺も作り方から味まで全く違う別物であったが、竹屋食堂では大研究の結果、大正15年(1926年)に醤油味、チャーシュー、シナチク、ネギをトッピングした現在のラーメン原形ができている。

今日のラーメンの普及には大きく二つの流れが存在する。第一に、中国からの移住者の営む中華料理屋や戦後の大陸からの引揚者を中心に始められた日本風の中華料理屋におけるメニューである。ここではもやしそばやタンメンワンタンメン、広東メンなどラーメンの調理法を基準としてメニューが区別されている。味噌や塩ラーメンもメニューにある店舗も多い。この他、チャーハン野菜炒め麻婆豆腐餃子などラーメン類以外のメニューも供されており、一般的にラーメンのバリエーションが豊富である。

第二に、屋台における販売である。近年は減少しつつあるが、深夜時間帯を中心に流しといわれる屋台で販売される。屋台は、古くは江戸時代からの夜鳴き蕎麦屋の風習にのっとり、リヤカーの後ろに調理器具を積み、市中を回りつつ売ったものであった。チャルメラを鳴らして歩いたことから、屋台の俗称もまた「チャルメラ」という。近年は軽自動車に調理器具を積み、椅子を並べ、主に繁華街などで固定販売することが行われている。

屋台で評判を得た店がその後に固定店舗を開設し、ラーメン専門店になった例も多い。専門店の店舗形態としてはカウンターのみ、あるいはテーブルとカウンターからなるものが多い。専門店では味噌や醤油、豚骨などスープの味によって、メニューが区別されていることが多い。特定のスープの味に特化した専門店も多い。また、後述するご当地ラーメンのように、地域全体で独特なスープや味付けが主流となっているという地域も多い。

これらラーメン専門店のラーメンはスープの採り方に各店独自の工夫を凝らすことで様々な個性が生じ、独自の進化発達を遂げた。多くの場合スープのレシピは門外不出とされ、暖簾分けなどをすることで広まっていった。


呼称の変遷

昭和20年代までは「支那そば」という呼称が一般的で、「チャンそば」、「南京そば」(南京は「中国の」あるいは「外来の」程度のニュアンスで、都市としての南京を指すものではない)、あるいは単にそば、汁そばなどと呼ばれることもあった。

このため、最近までは「そば」「おそば」というとラーメンを指し、蕎麦はわざわざ「日本そば」と呼称していた地域(総じて蕎麦食があまり普及していなかった地方)もある。現在も地方の高齢者の中にはこの呼び方をする人も多く、蕎麦屋を起源としているわけではないのに店名に「そば」を冠するラーメン屋もしばしば見受けられる。また、ラーメンという呼称を使用する店でも、品目によっては「五目そば」「もやしそば」などという言い方をすることは多い。なお、独自のラーメンが開発され普及した北海道や、ラーメンに代わるものとして沖縄そばが発展した沖縄県では中華そば、支那そばとはほとんど呼ばれない。チキンラーメン

戦後、中華そばという名称が生まれた(ラーメンという言葉もあったが、中華そばの方が一般的だった)。1958年8月(昭和33年)に日清からチキンラーメンが発売され、「インスタントラーメン」との言葉が生まれて以降ラーメンという呼称が標準となったが、地域によっては中華そばのほうが通りが良く、ラーメンと中華そばを区別して認識される場合もある。

ラーメンという名の由来は不明だが、漢字表記老麺の音読み(ロウメン、ローメン)から来ているとされることもある。ただし、現在ではローメンは別の麺料理である。

近年ではラーメンの多様化を受けて、懐古的な意味合いから昔風のラーメンを支那そばと呼ぶ店も増加している。


ご当地ラーメンブーム

1960〜70年代にかけて、日本各地の独特のラーメンの文化の存在がしだいに知られるようになった。1980年代後半以降、日本全国の各地に独特のラーメンの文化が形成されていることに注目が集まる様になり、町おこしの手段として注目され、各地で名物ラーメンのPRが行われるようになった。これが「ご当地ラーメン」と称される食品群である。

これには、1960〜70年代から有名であった札幌ラーメンなどが観光に大きく寄与していたことも与っている。札幌ラーメン系のチェーン店が全国に展開したり、インスタントラーメンの呼称に使われたりして、まず札幌ラーメンの存在が全国に知られるようになった。その後、福岡県の博多ラーメンや福島県の喜多方ラーメンなどがブームとなった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki