ソ連崩壊による経済的混乱及び寒波により、都市部には数千人規模のホームレスとなった孤児がいる。冬は気温が-40度を下回ることもあるウランバートルなどでは路上で生活することが出来ず、孤児はマンホールから地下に潜って、生き延びているという[2]。
詳細はモンゴル国の軍事を参照
モンゴル国の正式国軍であるモンゴル国軍は、社会主義時代のモンゴル人民軍から社会主義政権崩壊後に国軍として引き継がれた軍隊である。モンゴル国では徴兵制度が敷かれており、満18歳以上の男子は、1年間の兵役義務を有しているが、兵役代替金と呼ばれる納付金(約800ドル)を納付するか、海外に留学するなどで26歳までやり過ごせば兵役義務は消滅する。子どもが幼少の場合も、免除される。
総兵力は9100人、予備兵力は14万人。軍事予算は181億8,680万トゥグルグ(2003年現在)。モンゴル国軍の装備は主に人民軍時代ソ連から取得した兵器がほとんどであるが、戦闘機や攻撃ヘリコプター等はすべて退役している。現在保有するのはMi-8Tなど少数のみ。また地対空ミサイルも保有していたが、現在可動状態にあるかは疑問である。機器の保守能力が低下しているため、戦闘機などに至っては部品の共食い整備が発生するなど、戦力としては相当貧弱である。
最近は、組織の生き残りのために海外協力と災害対策を2本柱に掲げ、米国の対イラク軍事行動に際してはいち早く支持を表明したほか、イラクでの復興支援にも国軍部隊を派遣するなどしている。他にもモンゴル国軍は、アフガニスタン軍への指導(旧ソ連製の装備に習熟しているため)やコンゴでのPKO活動にも参加している。
なお国民国家としてのモンゴルは海に面しておらず、2008年現在海軍は存在しないが以前は存在していた。
国境警備隊は国軍とは別組織となっている。モンゴルが国境警備に力を入れるのは、家畜が越境したときの隣接国とのトラブルに対応するためである。
詳細はモンゴル国の国民を参照
モンゴル人の主な宗教はチベット仏教で、歴史的にチベットとの関わりが深い。またシャーマニズム信仰も根深い。どちらも社会主義時代は抑圧されていたが、民主化以降復活を遂げている。多くの国民は、人種的には日本人と同じモンゴロイドで、いくつかの遺伝形質の傾向が一致し、モンゴル語と日本語が文法的に比較的似通っていることから、日本人のルーツに近いという説もある。旧石器時代の氷河期に当時陸で繋がっていた間宮海峡や宗谷海峡を通ってモンゴル人の祖先が日本列島にも入ってきたという説も有力である。モンゴルでは、フブスグルなど一部の地域をのぞき、魚を食べる習慣がなかった。
西部のバヤンウルギー県はカザフ人(イスラム教徒)が人口の大半を占め、学校教育もカザフ語とモンゴル語で行われる。モンゴル国憲法は、モンゴル語を唯一の公用語と定めており、本来はバヤンウルギー県においても、行政・議会など公的な場面でのカザフ語の使用は認められていない。しかし、公文書はモンゴル語で作成されるものの、実際には同県の少数者であるモンゴル人の多くもカザフ語を話し、カザフ語が議会を含むあらゆる場面での共通語となっている。
北部のフブスグル県には、ツァータンと呼ばれる、トナカイ遊牧と狩猟、採集、漁労を行う部族が300人前後居住している。モンゴル人のゲルとは違った円錐形の移動式家屋「オルツ」に住み、トゥバ語とモンゴル語を用いるが、トゥバ語話者は減少している。ツァータンはモンゴル人の使う他称であり、自らは「トゥバ人」「タイガ(針葉樹林帯)の人」などと名乗っている。この周辺の針葉樹林帯を行き来していた人々のうち、20世紀初頭にモンゴルからトゥバが分離することになった際にモンゴル側にいた人々がモンゴル国民となり今に至っているといわれている。
文化
ブフ(モンゴル相撲)
ゲル
モンゴル刀
モンゴルの鎧
ナーダム
遊牧
モリン・ホール(馬頭琴)
ホーミー
オユンナ
日付日本語表記現地語表記備考
1月1日元旦Шинэ жил
1月下旬から2月の内2日間ツァガーン・サルЦагаан сар旧暦元旦
3月8日女性の日Эмэгтэйч??дийн баяр国際女性デー
6月1日子供の日Х??хдийн баяр国際児童デー
7月11日、12日ナーダム祭りНаадам
11月26日独立記念日Улс тунхагласны баяр1924年モンゴル人民共和国成立記念日
モンゴル出身の大相撲力士(関取)
朝青龍明徳(史上初のモンゴル人横綱)
白鵬翔
安馬公平
旭鷲山昇(史上初のモンゴル人力士)
旭天鵬勝
朝赤龍太郎
時天空慶晃
猛虎浪栄
鶴竜力三郎
龍皇昇
光龍忠晴
白馬毅
保志光信一
玉鷲一朗
関連項目
モンゴル関係記事の一覧
モンゴル帝国
モンゴルの政党一覧
モンゴル国の教育
モンゴル国の警察
モンゴル国の通信