1970年1月にパンアメリカン航空のニューヨーク-ロンドン線に就航し、日本航空やルフトハンザ航空、トランス・ワールド航空など他社にも次々に納入されたものの、当時多くの航空会社にとっては747は市場規模に対して大きすぎて、座席全てを埋めるほどの乗客は無かった。そこで各航空会社は『空席多数で飛ばすぐらいなら、少しぐらい運賃を下げても席を埋めたほうが良い』と考え、各種の割引制度を設け集客に励んだ(現在では、4分の1以上のシートが埋まれば採算に合うといわれている)。その結果エコノミークラスの運賃が団体割引により大きく低下し、一般庶民が気軽に海外旅行に行けるようになった。
また長い間747に匹敵する旅客機が無く、更に将来の本命とされた超音速旅客機も種々の理由で実用化できなかったため、長い間国際路線の花形、航空会社の顔(フラグシップ)として世界の空に君臨してきた。なお、生産機種は1991年以後は改良型の747-400に統合され、それ以前のタイプは、全タイプ合わせて724機で生産終了となった。
長期にわたって、キャパシティ、航続距離で他の追随を許さなかったが、1990年代あたりから技術革新による高性能な新型機体が登場したことにより、キャパシティの面ではボーイング777-300やエアバスA340-600にほぼ並ばれて、航続距離ではボーイング777-200LRやエアバスA340-500などに抜かれている。さらに、2000年代に入り、唯一世界一を保っていたキャパシティでもエアバスA380に追い抜かれた。また、形状上の問題により、エアバスA340やA380、ボーイング777と比べると燃費の面ではかなり劣っている。カーゴルックス航空の747-400F
近年は航空会社では機体の更新時期が迫っているのに加え、原油価格の高騰で、大型機のフライト数を減らして中小型機のフライト数を多くしたり、燃費の良い機体に切り替える動きが広がっている[3]。 747を超える大型機として、エアバスのA380が登場したが、ボーイング社は747-400の航続距離を延長した747-400ERの製造を開始している。さらに、機体を延長してキャパシティを増大させ、最新テクノロジーを利用し経済性をさらに高めた新機種ボーイング747-8の製造を正式に決定した。よって、収益率の高い大型機市場をみすみす他社に譲り続けることはないと考えられている。
現に旅客型の受注はかつてに比べて極めて少なくなっており、エアバスA380に押され気味であるが、貨物型の受注はA380が受注を全て失ったのに対し好調である。もともと貨物機構想から生まれたこともあり、貨物機部門ではエアバスA380等に比べて貨物機用としての構造上の利点(民間旅客機ではノーズカーゴドアが設置可能なのは747のみ)があることが挙げられる。
747には -100型、SR型、SP型、-200型、-200B、-300型、-400型、-400D、-400ER型など多数の派生型が存在する。また、アメリカ軍用にE-4などの派生型が製作された。
乗組員は-300以前の型では機長、副操縦士、航空機関士の3名だが、747-400型、-400D型、-400ER型、-8旅客型は機長、副操縦士の2名である。
また他に貨物機として-200F型、-400F型、-400ERF型、-400LCF型、-8F型があり、これらの他に旅客型から貨物型に改造された型も存在する。さらに、貨客混合型として-200C型、-200M型、-300M型、-400M型も存在する。
-300以前までの機体は、「747クラシック」と呼ばれ、-400シリーズは「ハイテクジャンボ」と大別される。システムが異なる為、乗組員の操縦免許も別扱いとなる。
747-100型747-100初号機「City of Everett」日本航空747-100(貨物型改修後)ユナイテッド航空747-100
1970年に就航した747の初期モデル。パンアメリカン航空によって同年1月にニューヨーク―ロンドン線に路線就航し、その後同年中にトランス・ワールド航空やノースウェスト航空、日本航空や英国海外航空、ルフトハンザ航空やエールフランス航空などの各国のフラッグ・キャリアで路線就航した。
登場時には主にエンジンの出力の問題から航続距離等が予定性能に達せず、水噴射システムを装備することにより離陸重量の引き上げを行うなど苦労したが、エンジンを順次パワーアップして充分な航続性能を持つようになった。当初水噴射システムエンジンを装備していた機材は、その後随時パワーアップしたエンジンに改修された。
日本航空は1970年4月に同型機を就航させ、2006年10月までは-100の発展型747-100B/SUD(アッパーデッキ延長型、機体記号JA8170とJA8176)を運用していた。また、原型ともいえる747-100B(JA8164ほか全3機)も運行していたが、これは2006年初頭までに退役した。-100Bは短距離機として-200Bと並行生産されたもので、世界でも日本航空とサウジアラビア航空しか発注していない。日本航空の-100Bは後述のSRの増備機であった。またこのうちの数機が貨物型に改修された。
アメリカでは、パンアメリカン航空、トランス・ワールド航空が国際線で、アメリカン航空、コンチネンタル航空、デルタ航空、ユナイテッド航空は当初はアメリカ国内路線での活躍にとどまった。イースタン航空は、一時パンアメリカン航空からリースして国内線に使用していたものの、輸送力過剰だったため自社がローンチカスタマーとなったロッキードL-1011 トライスターを受領すると返却している。
ユナイテッド航空においては当初同社が国内路線のみを主に就航していたものの、1970年代に導入された航空自由化を受けのちに国際線へも進出していった。その後は自社購入機材と併せて、パンアメリカン航空の太平洋アジア路線を購入した際に譲り受けた機材を、成田経由のアジア路線で飛ばしていた。しかし、1970年代初頭にボーイング747を購入したユナイテッド航空以外の会社は、輸送力過剰であることや使い勝手の悪さなどの理由から双発機や3発機へ乗り換えた。特にデルタ航空の場合は中短距離国内線のアトランタ-ダラス-ロサンゼルス線に運用を限定していたため本領発揮にはほど遠く、そのため、新機材の選択をより慎重を要してL-1011 トライスターが選ばれた。