1969年2月に初飛行してから、その後多くの改良を重ねながら現在でも生産が続けられているロングセラーの旅客機で、エアバスA380が初飛行するまでは世界一巨大な旅客機であった。「ジャンボジェット(Jumbo Jet)」の愛称で呼ばれる。この愛称は、19世紀後半にロンドン動物園やバーナム・アンド・ベイリー・サーカスで活躍した有名なアフリカ象、ジャンボの名前に由来する。
当初ボーイング社では、「鈍重なイメージがあるこの愛称は最新鋭機にふさわしくない」としてこの愛称を認めず、「スーパーエアバス」としていた。しかし「ジャンボジェット」が一般に受け入れられていることや、1970年代に「エアバス・インダストリー」社がヨーロッパにおいて航空機製造を開始したこともあり、現在ではボーイング社も公式の場で用いることが多い。
アメリカや日本、アラブ首長国連邦などの政府首脳専用機としてや、NASAのスペースシャトル輸送機等にも転用されている。なお、2008年7月現在までの航空会社1社による合計発注機数は、日本のフラッグ・キャリアである日本航空の113機が最多である。
開発の経緯エル・アル航空のボーイング707トランス・ワールド航空747-100
1960年代の国際航空路線は、1950年代に開発されたボーイング707やダグラスDC-8という、通路を1本持った乗客数150?200人の機体が主力であった。パンアメリカン航空や日本航空、エールフランス航空や英国海外航空などの各国の主要航空会社はこれらの機体を使用して旅客の獲得競争をしていたが、当時国際路線のパイオニアを自負していたパンアメリカン航空は、次世代の旅客機として従来機の2倍以上(350?450人)の乗客を乗せる大型機の開発をボーイング社に要求した。
その時のボーイング社はアメリカ空軍の次期戦略輸送機計画(これが輸送機C-5Aを生んだ)でロッキード社に敗れた直後であり、その基本計画を技術、人員共に転用することでパンアメリカン航空の要求に応えた。このため、空軍の仕様を満たす為に考えられた、機首部分を上げて戦車等の車両を乗降できるように作られた、操縦席および乗員収用部を二層構造に設置する特異な形状が、そのまま旅客機の機体となった。これは近い将来に登場が予想された超音速旅客機の就役の際には、貨物機として転用する事を見越して、あえて元設計を残したのである。 [1][2]。
ただ、当時の航空需要から考えるとこの機体サイズはあまりにも大きく、ボーイング社内でも懐疑的な雰囲気もあったが、パンアメリカン航空の名物会長ファン・トリップの強い意志と、上述の通り将来的に貨物機に転用する見込みにより計画が進められた。計画が公表されパンアメリカン航空が20機を発注したことが発表されると、パンアメリカン航空との競争上の脅威にさらされるノースウエスト航空や日本航空、英国海外航空やトランス・ワールド航空など他航空会社からの発注が続き、計画は進んだ。しかし、エンジンが所期のカタログ上の性能を出せず、最高速度の不足、航続力の不足が生じた。これらは運用上深刻な問題で、このため全面的な軽量化の必要が生じて設計の再検討を余儀無くされ、各部の重量軽減でエンジン出力の低下をカバーする措置がとられた。その後、エンジンは強化されたものの、軽量化で生じた脆弱性は、ノーズギア付近の補強をはじめ、様々な改修という形で影響しつづけた。
ボーイング747は一度に多くの旅客を運ぶ超大型機であるため、安全確保のためには当時の最新鋭の技術や新機軸が多用された。また超大型機にもかかわらず従来と同じ飛行場で運用できるように設計されていた。コクピット(いくつかの計器が取り外されている)強力な高揚力装置
経済性を考慮して、フェイルセーフ(fail safe)を全面的に採用した機体。これは、少しの故障では墜落せず、少なくとも飛行場にまでは安全にたどり着けるように設計に配慮し、完全な飛行機(セーフライフ)に整備するための過大な点検と交換のコストを抑えるための方針であり、747の「信頼性整備方式」による経済性を支えた大きな力である。
慣性航法装置(INS)
ジャイロにより空間に対する方向を求め、加速度を検出し積分することで自機の位置を算出し、目的地まで誘導するための装置。当時、すでに戦略(巡航)ミサイルの誘導には使われていた技術であったが、民間での使用は初めてだった。747はあまりに大きな機体だったため、少々航法装置にコストが掛かっても全体のコストへの影響は少ないとされて搭載された。航法装置は万が一の故障に備え、同時に3基のコンピュータに同じ航法計算をさせそれぞれの算出結果を比較し、多数決によって判定するシステムを採用。特定の1基が他と異なる結果を出しつづけた場合、故障とみなされる。
油圧・電気系統
油圧や電気の系統は2重から4重の冗長性を持たせた。しかしながら、日本航空123便墜落事故では、油圧配管が上部に集中している機体尾部が破壊されたため、全ての油圧が損なわれて、墜落につながったとされた。