陸軍、空軍、海軍(水軍とも呼ばれる)を保有しおり、12ヶ月の徴兵制が敷かれている。 ボリビアは領土に海岸線をもたないが、“海軍”(Armadaとは艦隊の意味で、水上艦艇戦力を指し示す言葉なので海軍と訳すのがおかしいだけという意見もある)は大西洋やティティカカ湖で演習を行う他、河川が国境となっている北部・東部のブラジルやパラグアイでの国境付近で国境警備の任務に就いている。海に面していないのに海軍をもっている国には他にパラグアイやオーストリアなどがある。
経済・産業観光地にもなっているグラシアール湖ユンガス地方の山道
アンデス共同体、南米共同体に加盟し、メルコスールの準加盟国でもある。
国家統計局の発表によるボリビアの経済指標は以下の通り。(いずれも2003年の値)国内総生産(GDP)7,856 百万ドル
同国民一人当たり870 ドル
経済成長率(前年比)2.45%
公的為替レート(対ドル)7.67 Bs/$us
輸出額1,650.7 百万ドル
輸入額1,684.6 百万ドル
国内所得8,085.4 百万ボリビアーノス
スズ、鉛などの鉱山物資を産出する。
2006年1月、天然ガス事業を国有化する発表があった。
植民地時代から19世紀末までは金と銀が、20世紀以降は錫がボリビア経済の主軸であった。 石油の輸出も盛んであり、1930年代に東部で油田が発見されたことがチャコ戦争の一因ともなった。 2001年に世界最大規模の天然ガス田が発見され、ボリビア経済再生の頼み綱となっている。
1952年のボリビア革命以来、サンタクルスを中心とした東部の低地地帯で開墾、農業開発が進み、近年大豆、サトウキビ、綿花、コーヒー、バナナなどの大規模な輸出用農業が盛んになっており、また北部の熱帯地域ではカカオなどが産出する。一方で、西部のアルティプラーノではインカ帝国以来の零細小農業やコカ栽培などが行われている。
農地改革
1958年、第一次農地改革。2006年現在では分配された土地の95%、3200万ヘクタールが企業の手に渡っている。
第二次農地改革、2006年5月16日、ガルシア副大統領より「第二次農地改革」計画案が発表された。「生産的でない」土地及び国有地を農民や先住民に分配するというもの。
主な観光地としてはティワナクの遺跡や、ティティカカ湖、ウユニ塩原、ポトシの鉱山、チェ・ゲバラの戦死したイゲラなどがあり、南米諸国の中でも特に物価が低いため、ヨーロッパやアメリカ合衆国、日本、韓国といった先進国に加えて、南米諸国からもアルゼンチン、ブラジル、チリなどから多くの観光客がボリビアを訪れている。また、アンデス山脈の高山が各国から登山家を引き寄せている。
国民民族衣装を着るラパスの少女ボリビア人の年齢ピラミッド (2005年)1961年から 2003年までのボリビアの人口増のグラフ
国家統計局 (INE : Instituto Nacional de Estadistica) が発表している2001年の国勢調査(Censo Nacional)の結果によると、人口は8,274,325人、うち女性4,150,475 人、男性4,123,850人。 都市部の人口は5,165,230人、地方の人口は3,109,095人。 人口密度は7.56人/Km2。
ユニセフの発表によると、5歳以下で死亡する子供の比率は77/1,000。1歳以下で死亡する子供の比率は60/1,000。 平均寿命は女性64歳、男性61歳、合計63歳。
民族構成はケチュア族が約30%、メスティーソが約30%、アイマラ族が約25%、ヨーロッパ系が約15%、アフリカ系ボリビア人が約0.5%であると見られるが、正式な統計は取られていない。 先住民としては南東部のチャコ地方にはグアラニー族も若干居住しており、数を示すとケチュア人が250万人、アイマラ人が200万人、チキタノ人が18万人、グアラニー人が12万5000人程になる。
メスティーソのうち、伝統的な衣装を身に着けている女性はチョリータと呼ばれる。彼女らの格好はボリビアを特徴づける習俗となっている。
クリオーリョの出身地としては植民地時代からのスペイン人が最も多いが、ドイツ人、アメリカ合衆国人、イタリア人、バスク人、クロアチア人、ロシア人、ポーランド人なども存在している。 全人口の0.5%程であるアフリカ系ボリビア人は元々ブラジルに奴隷としてやってきた人々が移住してきたのが始まりであり、ラパス県の南北ユンガスに最も多い。
言語はスペイン語、ケチュア語、アイマラ語、グアラニー語が公用語である。田舎ではケチュア語、アイマラ語、グアラニー語が用いられているが、スペイン語を全く解さない人は近年少なくなってきている。都市部ではスペイン語以外の言葉を話せない人の方が多い。
信仰の自由を認めたうえでローマ・カトリックを国教に定めている。国民の95%がローマ・カトリックを信仰しているが、近年プロテスタント・福音派が勢力を増している。東部にはメノニータも入植している。
1900年代に日本人移住者が当時起きていたアマゾンのゴム景気に引き寄せられ、ゴム労働者として北部アマゾン地域のリベラルタやトリニダに移住した。