正式名称は、R?publique fran?aise (フランス語: レピュブリック フランセーズ)。通称、France。略称、RF。
公式の英語表記は、French Republic。通称、France。
日本語の表記は、フランス共和国。通称、フランス。また、漢字による当て字で、仏蘭西、法蘭西などと表記することもあり、仏と略されることが多い。ちなみに、中国では簡体字で法?西、繁体字で法蘭西と表記し、法と略される。日本でも一部の有識者は仏の字を忌避して法国と書く。
国名のFranceは、11世紀の『ロランの歌』においてまでは遡って存在が資料的に確認できるが、そこで意味されているFranceはフランク王国のことである。一方で987年に始まるフランス王国le Royaume de Franceに、Franceという名前が用いられているが、これは後代がそのように名付けているのであってその時代にFranceという国名の存在を認定できるわけではない。Franceは中世ヨーロッパに存在したフランク王国から名付けられたとされる。ドイツ語では直訳すればフランク王国となるFrankreich(フランクライヒ)を未だにフランスの呼称として用いている。これと区別するためにドイツ語でフランク王国はFrankenreichである。ギリシャ語では古代のこの地域の名称であったガリア(Γαλλ?α)が使われている。
詳細はフランスの歴史を参照
紀元前1世紀までは地中海沿岸のギリシャ人都市を除くとケルト人が住む土地であり、古代ローマ人はこの地をガリアと呼んでいた。カエサルは紀元前1世紀にガリアを占領し共和政ローマの属州とした。5世紀になるとゲルマン系諸集団がガリアを占領・移住してきた。
西ローマ帝国が滅びるとゲルマン人の一部族であるフランク族がつくったフランク王国が勢力を伸ばし始めた。カール大帝(シャルルマーニュ)の時代には現在のフランスのみならず、イベリア半島北部からイタリア北部・ハンガリーのあたりまでを勢力範囲とした。カール大帝はローマ帝国皇帝の称号をローマ教皇から与えられた。
カール大帝を継承した息子ルートヴィヒの死後、王国は3つに分割された。そのうち、シャルル1世が継承した領土(西フランク王国)が今日のフランスにあたる。しかし、王国は弱体化し、各地の領主が勢力をもっていた。10世紀にカロリング家は断絶し、領主達はカペー家のユーグを王として選んだ。代々の国王は結婚などによって、他の領主から領土を得て、勢力を拡大していった。
18世紀以降はアジアやアフリカ、南北アメリカに多くの植民地を所有したものの、20世紀に入りその多くが独立を果たしたことから現在はカリブ海や南太平洋地域にいくつかを残すのみとなっている。
政体の変遷と主要な事件ジャンヌ・ダルクは百年戦争の際にオルレアン解放に貢献し、シャルル7世をランスで戴冠させ、フランスの勝利に寄与したとされる、カトリック教会の聖女であり、フランスの国民的英雄である。
西フランク王国
ヴァロア朝
百年戦争
ブルボン家
フランス植民地帝国 - 海外領土の拡大
フランス革命
王政の廃止(第一共和政)、革命政府、執政政府、ナポレオン・ボナパルトの帝位
第一帝政
7月革命
7月王政
2月革命
第二共和政
第二帝政 ナポレオン3世
第三共和政
中部アフリカ侵掠・ダホメ王国(1894年)・サモリ・トゥーレ
アルジェリア侵略(1830年)
チュニジア侵攻(1881年)
第一次世界大戦
第二次世界大戦
ヴィシー政権
自由フランス
第四共和政
欧州石炭鉄鋼共同体 - 軍需物資である石炭・鉄鋼の共同管理
欧州経済共同体、欧州原子力共同体(のちの欧州連合)創設 - 欧州の経済分野での地域統合