フィリピン
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地方と州

詳細はフィリピンの地方を参照

地方行政の最上位単位は、州と公認都市である。州と都市の数は、2006年12月時点で、州が81、公認都市が61。これらは、17の地方にグループ分けされる。


政治

フィリピンの政党および フィリピンの首相も参照

フィリピンの大統領は、国家元首であり、行政府の長である。大統領と副大統領は、同日に別枠で国民の直接選挙により選出される。任期は6年。

議会は、上院と下院の両院制(二院制)。上院は、24議席で任期6年。3年ごとに半数改選。下院は、憲法上は250議席以下と規定されているが、現在は214議席。20%を政党別の候補者リストから、残りを小選挙区制で選出され任期は3年である。選挙は、2007年など3で割り切れる年に行われる。アロヨ政権は現在の大統領制から議院内閣制へ、両院制議会から一院制へ移行する憲法改正を提案するが進展は見られない。

ASEAN(東南アジア諸国連合)では創設以来の加盟国である。


フィリピン紛争

フィリピンの共産主義勢力は、第二次世界大戦中に日本軍と戦い、日本軍の撤退後もアメリカ軍と独立後のフィリピン政府軍と戦闘を続けたが、1954年までにフィリピン政府軍に制圧された。1969年、毛沢東思想による革命と体制変革をめざす、フィリピンの共産主義・毛沢東主義勢力は、新人民軍(NPA New Peoples Army)を結成し、フィリピン政府軍に対する武装闘争を開始した。新人民軍(NPA)は、フィリピン全国に展開し、フィリピンの軍隊・警察・インフラ・企業に対する武力攻撃を繰り返し、フィリピン政府軍は新人民軍(NPA)の武力攻撃に対して掃討戦を継続しているが、海外のテロ支援国家の支援を受けるNPAを完全制圧することは難しく、2007年10月現在、武力行使は継続中である。

ミンダナオ地区にイスラム教で統治する自治区を作ることを目的としたモロ国民解放戦線(MNLF Moro National Liberation Front)は、1970年にフィリピン政府軍に対して武装闘争を開始し、モロ国民解放戦線(MNLF)と政府軍の武力紛争は1996年まで継続した。1996年、モロ国民解放戦線(MNLF)はフィリピン政府との和平協定を締結して武装闘争を終結し、フィリピン政府はミンダナオ地区にモロ国民解放戦線(MNLF)のイスラム教による自治を受け入れ、現在はミンダナオ・イスラム自治区の与党として活動している。

モロ・イスラム解放戦線(MILF Moro Islamic Liberation Front)は、モロ国民解放戦線(MNLF)がフィリピン政府と和平協定を締結しようと方針転換したことに反対し、フィリピン政府軍との武力闘争を継続するために、1981年モロ国民解放戦線(MNLF)から分離独立し、フィリピン政府軍に対して武装闘争を継続した。1997年、モロ・イスラム解放戦線(MILF)はフィリピン政府と停戦協定を締結したが、その協定は2000年にエストラダ政権により破棄された。2003年、モロ・イスラム解放戦線(MILF)はアロヨ政権と停戦協定を締結したが、2005年モロ・イスラム解放戦線(MILF)は停戦協定を破棄してフィリピン政府軍に対する武力攻撃を再開し、2007年4月現在、武力行使は継続中である。

アブ・サヤフ・グループ(Abu Sayyaf Group)は、フィリピンのミンダナオ島、スールー諸島、ボルネオ島、および、インドネシア、マレーシア、タイ、ミャンマーなどの東南アジア地域にイスラム教で統治する国家の設立を目ざして、1990年にフィリピン政府に対して武装闘争を開始した。アブ・サヤフ・グループ(Abu Sayyaf Group)は、フィリピン政府軍および一般市民に対して爆弾攻撃、暗殺、誘拐・監禁、身代金要求を繰り返し、2000年以後は活動地域をマレーシア、インドネシアへも拡大し、2007年4月現在、武力闘争を継続中である。

フィリピン政府は新人民軍(NPA)、モロ・イスラム解放戦線(MILF)、アブ・サヤフ・グループ(Abu Sayyaf Group)の武力行使に対して、フィリピン軍とアメリカ軍による武力掃討とともに、武装勢力の指導者との対話・交渉による、和平協定の締結、武力紛争の終結、武装解除を目ざしているが、2007年8月現在武力紛争は継続中である。


経済マニラ郊外 マカティ

アメリカ合衆国による植民地政策では農業政策が失敗し、スペイン時代のプランテーション農業に基づく地主と小作人の関係が現在も続いている。この地主は全国に数十人おり、彼らの家族が国土の半分以上の土地を所有している。農村部では半数以上が一日1ドル以下の生活をする最貧困層である。これが南部イスラム地域では75パーセント以上が最貧困層である。

食料の自給率は遅々として回復せず、国民の生活は昨今の穀物価格の高騰やベトナム政府の輸出制限措置の影響を大きく受けている。

資源に乏しく、農業、軽工業、サービス、セブ島ボラカイ島などリゾートを中心とした観光業が主要な産業であるため、原油価格の変動を受けにくく、近年は外資の直接投資も増え始め経済通貨は比較的安定してきている。90年代のアジア通貨危機でもフィリピンはIMFの管理下にならなかった。フィリピンの経常収支は800万人に及ぶ海外在住労働者の送金によって支えられているといっても過言ではない。主要な貿易相手国はアメリカ日本である。1998年アジア通貨危機のあおりを受けてペソ暴落に見舞われたが、経済がバブル状態ではなかったので、タイインドネシア大韓民国に比べると回復は早かった。南部イスラム勢力との和解成立後、ミンダナオ島にもアメリカなどからの直接投資が入り始めている。近年は安定した成長を続け投資も増えている事から、ポストBRICsの一角として期待する投資家が増えている。


宗教

フィリピンはアジア唯一のキリスト教国である。キリスト教スペインが植民地支配したときに広まった。スペインが伝えたものは、ローマ・カトリックであった。そのため、今でも人々のほとんどが、ローマ・カトリックの信者である。キリスト教徒は、フィリピンの全人口の90%以上を占める。そのうち、ローマ・カトリックが83%、プロテスタントが9%、他にはイスラム教が5%、仏教などが3%である。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki