他には、政権末期において、レームダックから来る政治的空白から、世界貿易機関(WTO)シアトル会議を決裂させたなどの点が一部で指摘されている。
閣僚ヨハネ・パウロ2世と、1993年
職名氏名任期
大統領ビル・クリントン1993 - 2001
副大統領アル・ゴア1993 - 2001
国務長官ウォーレン・クリストファー1993 - 1997
マデレーン・K・オルブライト1997 - 2001
財務長官ロイド・ベンツェン1993 - 1994
ロバート・E・ルービン1995 - 1999
ローレンス・H・サマーズ1999 - 2001
国防長官レス・アスピン1993 - 1994
ウィリアム・J・ペリー1994 - 1997
ウィリアム・S・コーエン1997 - 2001
司法長官ジャネット・レノ1993 - 2001
内務長官ブルース・バビット1993 - 2001
農務長官マイク・エスピー1993 - 1994
ダニエル・R・グリックマン1994 - 2001
商務長官ロナルド・H・ブラウン1993 - 1996
ミッキー・カンター1996 - 1997
ウィリアム・M・ダレー1997 - 2000
ノーマン・Y・ミネタ2000 - 2001
労働長官ロバート・B・ライシュ1993 - 1997
アレクシス・M・ハーマン1997 - 2001
保健社会福祉長官ドナ・E・シャララ1993 - 2001
教育長官リチャード・ライリー1993 - 2001
都市住宅開発長官ヘンリー・G・シスネロス1993 - 1997
アンドリュー・クオモ1997 - 2001
運輸長官フェデリコ・F・ペーニャ1993 - 1997
ロドニー・E・スレーター1997 - 2001
エネルギー長官ヘイゼル・オレリー1993 - 1997
フェデリコ・F・ペーニャ1997 - 1998
ビル・リチャードソン1998 - 2001
復員軍人長官ジェッセ・ブラウン1993 - 1997
トーゴー・D・ウェスト・ジュニア1998 - 2000
ハーシェル・W・ゴッバー (act.)2000 - 2001
1992年の大統領選出馬中にはジェニファー・フラワーズ事件が発覚、多くの批判を浴び大統領候補としての資質も問われたが、妻ヒラリーの援護によりこれを乗り切った。
1998年にはモニカ・ルインスキー事件が発覚し否定していた「ルインスキーさんと不適切な関係を持った」(I did have a relationship with Ms. Lewinsky that was not appropriate.) と告白せざるを得ない状況に追い込まれた。この「不適切な関係(relationship that was not appropriate)」は同年の流行語となった。 ヒラリーの寛大な援護と民主党の根強い支持によって、下院による訴追後行われた上院での弾劾裁判では,50:50,45:55と有罪評決に必要な2/3には達せず、これを乗り切ったが、このスキャンダルの影響は大きかったとされる。クリントン政権はこのルインスキー事件の進展にタイミングを合わせるかのようにアフガニスタンやスーダンへの爆撃を行い「スキャンダルから目をそらさせるための爆撃」だと批判された。しかし9/11テロ後になってこれがアルカイダに対する先制攻撃だったことが明らかになり、今日では再評価がされるようになった。
保守系を中心としたマスメディアがこぞって政策ではなく大統領のプライベート追求に血眼となる異常事態であったが、世論調査における大統領支持率は一貫して高く、報道姿勢が世論から評価されたとは言い難い。メディア報道のあり方を改めて考えさせられる事件でもあった。
大統領退任後は退任直前に上院議員となったヒラリーの選挙区であるニューヨーク市に事務所を構え、世界中で講演会活動などを行っている。
なお、クリントン政権のスタッフは、ブッシュ前大統領からホワイトハウスを引き渡された際に、コンピュータのハードディスクを全て取り外されるといういやがらせを受けており、その息子であるジョージ・W・ブッシュのスタッフと交代するときに、キーボードから“W”のキーだけを抜き取るという意趣返しをした。
2003年にはケント・ナガノ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団のプロコフィエフ「ピーターと狼」のCDでミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領らとともに朗読を担当し(正確にはカップリングされているフランスの作曲家、ジャン=パスカル・バンテュスの「狼のたどる道」の朗読を担当)、グラミー賞の最優秀児童向け朗読アルバム賞を受賞した。
2004年6月には先述のモニカ・ルインスキーとの不倫事件のことなども綴った回顧録『マイ・ライフ』を出版。発売日には一部の書店に行列が出来るほどの売れ行きを示した。
同年9月に体調不良を訴え、冠状動脈の異常が見つかり、バイパス手術を受けている。
現在では、「平和と好景気の時代の大統領」として記憶されており、その人気は根強い。2004年7月にボストン市で行なわれた民主党全国大会の演説で登壇した際には、満場の拍手と喝采で迎えられた。ウィリアム・J・クリントン大統領センター
2004年11月18日には、地元アーカンソー州のリトルロックに「ウィリアム・J・クリントン大統領センター(大統領図書館)」がオープン。