パネルクイズ_アタック25
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児玉清と博多華丸

2006年9月放送の「芸能人特集」で児玉と二人でのWアタックチャンスが実現し、出場者及び後方の応援席の方々まで拍手と爆笑が溢れた。また、華丸・大吉は最後の問題を答え、華丸自身で「ラストコール」をした。提供クレジットをはさみながらのエンディングでは、解答者全員で「アタックチャンス!!」の掛け声とポーズを唱和した。(この方式は、2007年のチャンピオン大会でも取り入れられた。)また、この日の放送は、普段行われていない番組宣伝まで行われる程の回となり、これ以降、最低1問は、児玉の「その通り!○○!!(○○は、出された問題の答え)」と言っているシーンが映されるようになった。ちなみに、華丸・大吉の地元・福岡県(北部九州地区)での視聴率は19.8%(近畿地区12.9%・関東地区11.6%)を記録した。

川崎フロンターレ 2007年8月25日川崎市等々力スタジアムで行われた日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)1部・ガンバ大阪との試合で「アタック25日」と題したコラボレーション企画を行った。

この企画では博多華丸を迎え、「川崎フロンターレ、大事な大事なアタックチャーンス!!」「青のガンバ大阪さん、もう1試合ご辛抱!」といったフレーズのPRや、当日のスタジアムのフロンターレ応援席(メインスタンドとバックスタンド)で「水色のフロンターレさんお見事!!青のパネルが水色に変わる!!」という合図とともにガンバのチームカラーの青色からフロンターレの水色へと観客が持ったパネルの色が変わる(青色の紙を落とし、その裏に持っていた水色のビニールシートを入場中の選手達に見せる)というパフォーマンスを行った。(参照:フロンターレ公式 ⇒[1]

なお、博多華丸は福岡市出身で、故郷のJリーグチームであるアビスパ福岡を応援しているが、この年はカテゴリーが違う(アビスパは2部所属)という理由でフロンターレからの依頼を引き受けたことを自らのブログで説明した。


補足

初回から数回は、児玉が一分間ほど、パネルの取り方等のルールを説明していた。

開始当初はパネルの取り方のルールが十分に把握できず、時間切れも頻発していた。

テレビ朝日系と日本テレビ系のクロスネットとして開局した静岡県民放送(現在の静岡朝日テレビ)は、開局した1978年7月から1979年6月まで『TVジョッキー』をネットするために30分繰り上げ12:45?13:15に放送していた。静岡放送が1979年3月まで『新婚さんいらっしゃい!』のネットを手放さなかったための代替策でもある。1979年7月に日本テレビフルネット局の静岡第一テレビが開局し、静岡県民放送がANNフルネット化してからは同時ネットに移行している。

競走馬にも「アタックチャンス」がいた。2000年生まれの牡馬騙馬で、2002年にデビューしたが、平地競走10戦0勝(2着・3着各1回。4着以下8回)、障害転向後も4戦0勝(全て4着以下)の合計14戦0勝(2着・3着1回ずつ。4着以下12回)で2003年に競走馬を引退した。( ⇒詳細こちらを参照

かつてライバル局のMBSが、ちょうど重なる時間帯にローカルのクイズ番組をぶつけていた。特に「クイズGoGoZ」はネット局(HBCCBCRKB)で放送されるなど好評だったが、「アタック」に視聴率面で遠く及ばず短期間で終了している。

他系列がこの時間帯(日曜13時台)の広告料金をゴールデンタイムより低く設定しているのに対し、テレビ朝日系列局はゴールデンタイム並みの料金に設定している(つまり最高ランク)。

他局でのパロディーは非常に多いが、ABC自身もたびたびパロディーの題材にしている。「ごきげん!ブランニュ」では、「アタック25やろう!」という企画で、出演者が本物のセットと出題者で普通に1回分のアタック25をやるだけというのがあった(問題は「喜連瓜破」という地名が正しく書いてあるのはどれか答えるなど、関西ローカルに特化したものだった)。2006年夏に放送された「ブラマヨ最強宣言」では、本物のセットと出題者であるにもかかわらず、吉田敬が特定の解答者を勝手に正解にしたり、でたらめな場所のパネルを一度に何枚も取らせるなど、ABC自身がアタック25の権威を傷つけるような内容だった。なお、ブラックマヨネーズは、前述の通り2007年9月の「芸能人大会」に出演した。

さらに、同局の関西ローカルの深夜番組『クイズ!紳助くん』の大晦日スペシャルでは、アタック25のパロディ企画が行われ、島田紳助が児玉になりきった。

この時、トップ賞だった板東英二大河内奈々子ペアがフィルムクイズで正解し、賞金100万ウォンを獲得した。ちなみに2001年末に放送された時には沢木が既婚者だったことも紳助からバラされ、さらに「25枚のパネルに一色に染めたチームは沢木さんを連れて帰っても結構です」などと発言、紳助が過度にいじっていた。その後、2002年の年末特番では「児玉さんが今年お亡くなりなりましたので、代理で私が司会を担当します」などと発言、紳助が沢木を散々いじったために動揺してしまい、本家では考えられないミスを連発(噛んでしまう、笑ってしまうなど)してしまったことから、紳助が「今沢木さんの体調が弱っています。沢木さんにアタックチャンス!!」などと発言、本放送では考えられない展開だった。

なお、紳助の「アタック25」は、2006年3月20日にABCの番組対抗クイズ「番組ナンバーワン決定戦」(ABC開局55周年記念特別番組)の決勝で行われ、2008年5月6日には「朝日放送新社屋完成記念 番組対抗No.1スペシャル ?オールスター大集合!おめでたバトル?」の決勝として行われた。2006年3月20日分では「朝だ!生です旅サラダ」チームが優勝したもののフィルムクイズ(ある番組=プロポーズ大作戦)は誤答。2008年5月6日分では「ビーバップ!ハイヒール」チームが優勝、フィルムクイズ(ある人物=福澤諭吉)も正解し、フィルムクイズ正解の賞金100万円を獲得した。



最後の海外旅行挑戦権の問題において、日本国内の地名・人名に関する問題が出題される場合は、大体その地域にあるANN系列局が協力している。

解答の正誤判定は児玉一人で行っており、時には児玉の裁量違いで正答が不正解扱いになるケースが稀にある。(前例では宮沢りえのの曲名を当てる問題で、解答者が「ノンタリトリスト=NO TITLIST」と正答したのにもかかわらず、児玉に「ノータイトリスト」が正解とされてしまい、不正解にされたことがある。)


関連書籍

1983年11月1日に『東リ・パネルクイズアタック25』の書名で、大泉書店より発行された。大きさは新書判で、全1250問・219ページで構成されている。8 - 9ページの目次に「パリ挑戦者(向かって左)を激励する児玉清さん」という写真があるが、このときのトップ賞とパリ旅行挑戦権を獲得したのは、滋賀県の大学生・早川浩一だった(獲得パネル数10枚、フィルムクイズである人物・「ガンジー」を見事正解してパリ旅行を獲得。長寿クイズ番組で1冊しかクイズ本が発行されていない中で、唯一掲載された挑戦者である)。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki