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アムステルダムのユダヤ人の貿易でお金持ちとなった商人の家庭に生まれる。両親はポルトガルでのカトリックによるユダヤ人迫害から逃れオランダへ移住してきたセファルディム(マラーノ)。幼少の頃より学問の才能を示し、ラビとなる訓練を受けたが、家業を手伝うために高等教育は受けなかった。
伝統から自由な宗教観を持ち、神を自然の働き・ありかた全体と同一視する立場から、当時のユダヤ教の信仰のありかたや聖典の扱いに対して批判的な態度をとった。恐らくそのため1656年7月27日にアムステルダムのユダヤ人共同体から破門・追放される。追放後はハーグに移住し、転居を繰り返しながら執筆生活を行う。1662年にはボイルと硝石に関して論争した。
1664年にオランダ共和派の有力者、ヤン・デ・ウィットと親交を結ぶ。この交際はスピノザの政治関係の著作執筆に繋がっていく。この前後から代表作『エチカ』の執筆は進められていたが、オランダの政治情勢の変化などに対応して『神学・政治論』の執筆を優先させることとなった。1670年に匿名で『神学・政治論』を出版した。しかし、1672年にウィットが虐殺され、この折りには、スピノザは生涯最大の動揺を示したという(「野蛮の極致(ultimi barbarorum)」とスピノザは形容した)。
1673年にプファルツ選帝侯からハイデルベルク大学教授に招聘されるが、思索の自由が却って脅かされることを恐れたスピノザは、これを辞退した。こうした高い評価の一方で、1674年には『神学・政治論』が禁書となる。翌1675年に『エチカ』を完成させたが、出版を断念した。また、その翌年にはライプニッツの訪問を受けたが、この二人の大哲学者は互いの思想を理解しあうには至らなかった。肺の病(肺病や珪肺症などの説がある)を患っていたため、その翌年スヘーフェニンヘ(ハーグ近く)で44歳の短い生涯を終えた。遺骨はその後廃棄され墓は失われてしまった。
ハーグ移住後、スピノザはレンズ磨きによって生計を立てたという伝承は有名である。
なお、スピノザは貴族の友人らから提供された年金が十分にあったとも言われるが、これはスピノザの信条に合わない。スピノザのレンズ磨きは生計のためではなく学術的な探求心によるものだというのも仮説にすぎない。
生前に出版された著作は、1663年の『デカルトの哲学原理』と匿名で出版された1670年の『神学・政治論』(Tractus Theologico-Politicus)だけである。『人間知性改善論』、『国家論』、『エチカ』その他は『ヘブライ語文法綱要』などとともに、没後に遺稿集として出版された。これは部分的にスピノザ自身が出版を見合わせたためである。
スピノザの哲学史上の先駆者は、懐疑の果てに「我思う故に我あり(cogito ergo sum)」と語ったデカルトである。これは推論の形をとってはいるが、その示すところは、思惟する私が存在するという自己意識の直覚である。懐疑において求められた確実性は、この直覚において見出される。これをスピノザは「我は思惟しつつ存在する(Ego sum cogitans.)」と解釈している(「デカルトの哲学原理」)。
その思想は初期の論考から晩年の大作『エチカ』までほぼ一貫し、神即自然 (deus sive natura) の概念に代表される非人格的な神概念と、伝統的な自由意志の概念を退ける徹底した決定論である。この考えはキリスト教神学者からも非難され、スピノザは無神論者として攻撃された。
一元的汎神論や能産的自然という思想は後の哲学者に強い影響を与えた。近代ではヘーゲルが批判的ながらもスピノザに思い入れており(唯一の実体という思想を自分の絶対的な主体へ発展させた)、スピノザの思想は、無神論ではなく、むしろ神のみが存在すると主張する無世界論(Akosmismus)であると評している[1]。フランス現代思想のドゥルーズも、その存在論的な観点の現代性を見抜き、『スピノザ』という題名の論文を出している。
代表作『エチカ』は、副題の「幾何学的秩序によって論証された」という形容が表しているように、なによりその中身が如実に示しているように、ユークリッドの『幾何原論』を髣髴とさせる定義・公理・定理・証明の一大体系である。それはまさにQ.E.D(「これが証明されるべき事柄であった」を示すラテン語の略)の壮大な羅列であり、哲学書としてこれ以上ないほど徹底した演繹を試みたものであった。
この著作においてスピノザは、限られた公理および定義から出発し、まず一元的汎神論、次いで精神と身体の問題を取り上げ、後半は現実主義的ともいえる倫理学[2]を議論している。
ここでは、形而上学的な第1部と第2部の概要を主に記述する。
デカルトは神を無限な実体[3]として世界の根底に設定し、そのもとに精神と身体(物体=延長)という二つの有限実体を立てた。しかし、スピノザによれば、その本質に存在が属する実体は、ただ神のみである。スピノザにおいては、いっさいの完全性を自らの中に含む[4]神は、自己の完全性の力によってのみ作用因である[5] ものである(自己原因)[6]。いいかえれば、神は超越的な原因ではなく、万物の内在的な原因なのである[7]。神とはすなわち自然である。これを一元論・汎神論と呼ぶ。神が唯一の実体である以上、精神も身体も、唯一の実体である神における二つの異なる属性(神の本質を構成すると我々から考えられる一側面)としての思惟と延長とに他ならない。