バリ島は、海辺のリゾートはもちろんのこと、山側のリゾートとしてウブドなどの村もあり、質の高いバリ舞踊やバリ・アート、バティック等の染色技術、竹製の製品等、伝統的な文化や民芸品を目にすることができる。こうした地域では、物質文明・近代文明のしがらみに疲れた西洋人や日本人がバリに長期滞在しバリの文化を学んで行くケースも多く、数ヵ月から数年バリに滞在する者たちの間では、絵画、音楽、彫刻、ダンスなどを学び、さらには独自の芸術的な活動を始める人びとも見られる。
また、島には、ヒンドゥー寺院のみならず、仏教系の遺跡も多く、ヒンドゥー教と仏教の混淆の跡が残されている。
主な観光地
州都デンパサール - バリ博物館
芸術の村ウブド - ネカ美術館 - モンキーフォレスト
木彫の村マス
港町シガラジャ
キンタマーニ高原
アグン山 - ブサキ寺院
タナロット寺院
タマン・アユン寺院
ウルワツ寺院
リゾートホテルのヴィラサヌール・ビーチ
バリ島はサーフィンのメッカのひとつであり、乾季・雨季を問わず良質な波を求めて世界各国からサーファーが訪れる。サーフポイントも多くあり波質もさまざまである。また、スキューバダイビングのスポットとして有名な海辺がある。トランベンという、日本軍が沈めたアメリカの輸送船リバティ号が沈んでいるスポットもダイバーの中では大変有名である。
最近ではサーフィンで生計を立てている者も多く、サーフショップやサーフガイド、またはサーフィン関連のスポンサーから収入を得ているプロサーファーも多い。
主なリゾート、ビーチ
クタ
レギャン
サヌール
ヌサドゥア
チャンディダサ
マデウィ
ジンバラン
観光客に対する犯罪クタのサンセット
欧米やオーストラリアと比べてもバリ島の治安は良好であるが、観光地では観光客を狙った犯罪が数多く発生しており、主にクタ、レギャンの海辺のバーなどでの詐欺を始めとして、一般観光客の金を狙った盗みや詐欺が跡を絶たない[45]。主な手口は、いかさま賭博、パンク強盗、ひったくり、強引な物売り (三つ編みやマニキュア等のサービスの押しつけ) 、麻薬及び禁制品の販売[46]などである。また、「ビーチボーイ」などと呼ばれるジゴロによる日本人女性を狙ったナンパ行動やさらには性犯罪も多数発生しており、2003年には事態を重く見た日本領事館が地元警察に対して捜査の徹底を申し入れている[47]。
これらの犯罪は、バリ人の仕業であると解釈されがちであるが、実際のところ、バリ島の観光客目当てに周辺の島からやってくる出稼ぎの若者によるものであることが多いとされており、多くのバリ人は被害者意識を持っている[48]。また、以上の犯罪は、経済面での金銭的価値観が異なる観光客の金回りの良さ[49]が助長している可能性もある。
日本では、このような背景もあってか、バリ島を犯罪や出会いの場としてネガティブにまなざした報道が1990年代の一時期にみられた。たとえば、『週刊新潮』 (1995年9月7日号) の「『バリ島の妻』となった日本人女性二百人の生活」では、日本人女性がバリでセックス・ハントを行ない、その結果、バリ人との結婚が急増しているが、「楽園」の夢が醒めたバリでの実際の結婚生活は必ずしも幸せなものになっていないなどと報じられた。これは現地日本人社会で大きな反発を呼び、バリ日本人会を通じて正式な抗議がなされるまでに至った[50]。
こうした問題に対して、1999年以降の分権化を背景として、バリ州政府も観光収入を確保するため、地域社会と警察の連携を進めるなど、治安の維持に力を入れている[51]。とりわけ、慣習村 (デサ・アダット) の自警団 (プチャラン) がバリ州条例によって法的正統性が付され、警察との連携が進められている[52]。こうして治安の面でも、これまでに維持されてきた慣習 (アダット) と近代行政 (ディナス) の区分が融解をみせている[53]。とりわけこの動きは、爆弾テロ事件後に顕著に表われ始め、バリの「伝統」文化の鼓舞が、「悪」の排除を目指すという政治社会的な意味を有するようになっている[54]。