バハーイー教
不朽の名作から
ケータイ小説(笑)まで

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結局バーブは1850年タブリーズで処刑されるが、信徒たちは今度はバーブが予言した「神が現し給う者」の到来を探し始めた。


バハーウッラー

ガージャール朝に仕える高級官僚の家系に生まれたミールザー・ホセイン・アリーは、バーブ教が開かれた直後からバーブの信徒で、1852年に政府により逮捕され拘束された。このテヘランでの獄中生活の最中に、彼は自身がバーブが予言した「神が現し給う者」であると最初に受け取ったとされる。9年後の1863年、ホセイン・アリーはイラクのバグダード(オスマン帝国領)に追放されるが、ここで彼は正式に、自身がバーブの予言した、「神が現し給う者」であると宣言し、アラビア語で「神の栄光」を意味するバハーウッラーの称号を名乗った。これがバハーイー教の実質的な起こりである。

バハウッラーの教えはバーブ教のほとんどの信徒に受け入れられたが、バハーウッラー自身はイラン政府とオスマン政府の警戒を受けて、バグダードからイスタンブルエディルネに移される。最終的には1868年パレスチナアッコ(アクレ)に流され、1892年に亡くなるまでそこに留められた。アクレの地はバハーイー教徒にとっての聖地となっている。

アクレ地域の他の重要なバハーイー教徒の聖地はハイファカルメル山の斜面に位置するバーブの墓あるいは聖堂である。バーブの遺骸は、イランから聖地へ秘密裏に運ばれ、バハーウッラーによって指定された場所に築かれた聖堂に埋葬された。

バハーウッラーは、数多くの書物を著したが、中でも『至聖の書(キターベ・アクダス)』は『コーラン』やバーブの著した『バヤーン』に代わる教典とみなされる。


アブドゥルバハー

バハーウッラーによって後継者に使命されたのは、彼の長男、アブドゥルバハー(彼の名前はアラビア語で「栄光のしもべ」を意味する)であった。バハーウッラーは長男を「聖約の中心」と呼ぶように定め、全てのバハーイー教徒がバハーウッラーの支持に従うよう指示した。バハーウッラー自身彼のことを息子でありながら「マスター」(先生)と呼んだと言う。

アブドゥルバハーは既に父の長い追放と監禁の生活を共に過ごしていたが、彼の継承後も監禁生活は1908年青年トルコ人革命まで続いた。解放後、アブドゥルバハーは父の教えをアラビア語で「バハーに従う者」を意味する「バハーイー」と呼ぶことを宣言した。彼はヨーロッパアメリカカナダに旅行して世界的な宣教を開始し、多くのバハーイー教文献が様々な言語に翻訳された。1921年11月28日にアブドゥルバハーはハイファで亡くなった。遺体はバーブの遺骸のある聖堂に埋められている。


ショーギ・エフェンディー

アブドゥルバハーの孫であり、また、バーブの血を引くため次の後継者となる。 彼の死後は万国正義院がバハーイー教の中心となった。


バハーイー共同体運営機構の確立

アブドゥルバハーは父、バハーウッラーの御教えに基づき「万国正義院」と呼ばれるバハーイー共同体最高機関の設置を定め、後継者として最年長の孫、ショーギ・エフェンディを「バハーイーの守護者」に任命した。祖父が死んだときオックスフォード大学の学生であったショーギ・エフェンディは、1957年イギリスで死去するまでの36年間、万国正義院に指導されるバハーイー共同体の組織確立に尽力した。バハーウッラーとアブドゥルバハーの著作の翻訳が精力的に進められたショーギ・エフェンディの時代にハイファのバハーイー教本部は世界センターに発展し、バハーイー教の世界布教は大いに進展する。

1963年には、万国正義院の行政会を構成し世界のバハーイー教徒を指導する9人のメンバーの最初の選挙が行われた。


ムスリムによる圧迫

バハーイー教はムスリムが創始した宗教で、それもイスラーム教を根本から否定した物であるため、バハーイー教信者はイスラームの背教者・カーフィルと見做されることが多く、シーア派スンナ派問わずイスラーム原理主義者から凄まじい憎悪を浴び、中東アラブ諸国の大半ではその存在自体が完全に否定されている。イランではイスラーム共和制の名の下シャリーアが国法となっているため、バハーイー教の信仰は禁止されており、発覚すれば逮捕・投獄や場合によっては死刑に処せられることもあり、国際社会の強い非難を浴びている。イラン・イスラーム革命の最高指導者ホメイニは自著でたびたび非ムスリムはムスリムの統治下では差別されて当然と強調していたが、バハーイー教徒に対しては差別条件下での共存すら認められず、排斥するのみと明言していた。エジプトでも同様にバハーイー教徒は圧迫されており、国際社会のエジプト批判の理由と考えられている。

無論、信教の自由が認められている現在では、ムスリムの他宗教への改宗及び棄教行為はリベラルな法学者や信徒の間では自由とされていることが多い(ただし、サウジアラビアのように他宗教への改宗及び棄教行為を禁じている例も少なくない)。が、バハーイー教に関しては邪教として信仰を禁止する立場をとる信徒や法学者が圧倒的に多い。


参照^第四部 人間の起源と能力と状態について


関連項目

エジプトIDカード論争

ダビフッラー・マフラーミ


外部リンク

バハーイー教世界公式サイト

日本バハイ共同体

カテゴリ: 新宗教 | イスラム教 | アブラハムの宗教 | バーブ=バハーイー教

更新日時:2008年8月17日(日)07:41
取得日時:2008/09/01 02:27


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki