アロハシャツの由来については諸説あるが、日系人が持ち込んだ和服の布地を転用したのが由来という説も有力である。なお、ハワイではアロハシャツは男性の正装とみなされ、州議会や公式の場でもアロハシャツ着用という姿をしばしば目にし、オフィス街であってもスーツ姿はさほど多くはない。ちなみに観光ガイドによれば、ハワイ内においてある程度格式あるレストランでも、アロハシャツ着用であれば正装として認められることが記されている(これは軽薄な観光客が、Tシャツに短パン姿といったラフな服装でもって、フォーマルな場所であるレストランで食事をすることを戒めた内容でもある)。
食文化については、白人以外の移民も極めて多い州らしく、各国からの移民が持ち込んだ多様な食文化が見られる。大皿に様々なオカズを並べて食べるミックスプレート(プレートランチ)は、プランテーション農業時代に、各地の移民が持ち寄った食べ物をみなで分け合った名残である。生魚の切り身を使ったポキと呼ばれる料理がハワイ名物として知られる他、「パシフィック・リム・クイジーヌ」と呼ばれる、フランス料理の技法や日本料理の技法をもとに地元の食材を調理した料理も考案され、人気を集めている。
特に人数の多かった日本人が持ち込んだ和食の影響は大きく、"Bento(弁当)" "Shoyu(醤油)" "Teriyaki(照り焼き)" "Musubi(むすび)"(おにぎりの意)など、日本語がそのまま現地語化したものも数多くある。ハワイに日本食が息づいていることは、終戦直後にララ物資を経由して、日本へ醤油や味噌が贈られたことからも伺い知れる。
近年では伝統的なポリネシアの食文化も健康の面から見直されており、ポイと呼ばれるタロイモのペーストがあちこちで売られている。
サーフィンはハワイが発祥の地とされており、古くはデューク・カハナモク、近年ではアンディ・アイアンズなどの名サーファーを輩出している。またハワイは1980年代以降、リモート・オセアニア海域各地で盛んになった航海カヌー文化復興運動でも主導的な役割を果たした。特に1975年に建造された航海カヌー「ホクレア」と、航法器具を一切使用しない推測航法技術を復活させたナイノア・トンプソンの活躍は広く知られている。
古代ハワイアンの医療として発達、現代のリラクゼーションとしてアンティ・マーガレットがはじめて世に紹介したロミロミは世界的にも有名。
美術館・博物館
バーニス・P・ビショップ博物館
ホノルル美術館
立地的に、4大プロスポーツ(NFL、NBA、MLB、NHL)のチームが存在した事は一度もない。 但し毎年2月、NFLが、オールスターゲームに相当するプロボウルを、スーパーボウルの翌週にアロハ・スタジアムで行っている。
なおメジャースポーツではないが、NFLのオフシーズンに行われるアリーナ・フットボール(サッカーにおけるフットサルのような競技)のプロチーム、ハワイ・アイランダーズがある。
大学スポーツ界では、州内ではハワイ大学が最有力であり、全米ランク2位になった事のあるバレーボールチームや、全米ベスト25に入ったことのあるアメリカン・フットボールチームが有名である。
また以前、オアフ島北東部にあるブリガムヤング大学ハワイ校には、2004年に日本人として初めてNBAでプレーした田臥勇太が在籍していた。
日系人が多いこと、アメリカ国外からの観光客数国別1位であること、またかつては大相撲の力士(高見山大五郎、小錦八十吉、曙太郎、武蔵丸光洋)を輩出したことなどもあり、経済的、文化的にも日本とのつながりは強い。また、KZOO・K-Japan(KORL)という在留者・旅行者向けのラジオ局、新聞「ハワイ報知」(静岡放送の子会社、読売系のスポーツ報知とは無関係)も存在する。テレビ放送はキクテレビで日本の番組が一部放送されるほか、地元のケーブルテレビを通じてNGN(Nippon Gorlden Network)を受信することでテレビジャパンをはじめとする日本の放送が視聴できる。
かつては日本のプロ野球チームのキャンプ地になる事も多かったが、現在州内でキャンプを行うチームはない。これに代わり、2005年には、JリーグJ2のザスパ草津と横浜FCがキャンプを行った。
ハワイと日本の姉妹都市日本州内年
福岡県ハワイ州1981年
沖縄県ハワイ州1985年
鳥取県湯梨浜町(旧:羽合町)ハワイ州1996年
広島県ハワイ州1997年
愛媛県ハワイ州2003年
沖縄県名護市ハワイ州ヒロ市1986年
愛媛県宇和島市ホノルル市2004年
沖縄県那覇市ホノルル市
広島県広島市ホノルル市1959年