物理的には、苦難を伴うけれども、ハッジを達成した巡礼者は、自らの人生の中でも最も精神的な経験をしたと考える。多くのムスリムが、ハッジをもっとも偉大な達成とみなす。なぜなら、彼らの周りにいる人々にも「ハッジを完遂する」という唯一の目標を提供し、焦点に当てさせるからである。
ムスリムにとって、ハッジの儀式は、深い心理的な意義を持っていると考えられる。普段は、巡礼を行うことは、深遠なる経験と同じ意味を持つ。宗教の教えに従って人生を営み、精神面でも、適切な状況であるのであれば、巡礼という行為は、精神的にも個人を変革しうるのである。
少なくとも人生の一度は、ムスリムは巡礼という行為を求められる。敬虔なイスラーム教徒の人生は、全ての人生は巡礼であるという精神的な目標によって方向付けられる。
具体的には、ハッジ中の事件を参照すること。
ハッジの間には、数百人ものの人々の命を落とす多くの事件が起こる。最悪な事件は、普通、大多数の人間が、ジャムラの周りに集まり投石を行っている際に起こる。直近の事件は、2006年の1月12日に起きた。その日は、350人の人々が亡くなった。また、多くの人々が狭い区画の中にいる時には、将棋倒しが起こることも多い。
第2代カリフ・ウマルは、ヒジャーズ地方から非ムスリムを追放したと多くのムスリムに信じられている。非ムスリムは、聖地を訪問しまた住むことを許されていない。このことに関しては、多くの反証があるが、しかしながら、18世紀から19世紀にかけて、アラビアの大部分では、非ムスリムは歓迎されてはいなかった。イエメンにおけるユダヤ共同体と同様の小さな共同体が、いくつかの港や都市で見受けることが可能ではあるが、一般の旅行者は、自らの命を犠牲にしての旅行を余儀なくされた。このことは、権威者によって強制されるのではなく、群集によって強制された。聖地のメッカ、メディナを擁するヒジャース地方では、もっとも厳格に強制された。
「禁足の地」とハッジのミステリーの存在が、ヨーロッパの旅行者の好奇心を駆り立てた。何人かのヨーロッパ人が、ムスリムを装って、メッカに入り、カアバを訪れ、ハッジを経験している。もっとも有名な外国人の手によるメッカへの巡礼の説明は、19世紀のイギリス人冒険家、バートンが執筆した『メッカとメディナへの巡礼の物語』である。
参考項目
イスラーム用語一覧
ウムラ
巡礼
五行
イフラーム
アブラハム
メッカ
メディナ
カテゴリ: イスラム教
更新日時:2008年9月30日(火)00:11
取得日時:2008/10/03 19:11