2008年
1月29日・1月30日 - 北京オリンピックハンドボールアジア地区最終予選の再試合を行うにあたり、日本で行われる国際試合としてラジオ史上初のハンドボール実況生中継を放送。(ハンドボールのラジオ実況は1997年の熊本放送以来)
2月18日 - 番組が受け付けるFAX番号を一般電話番号からナビダイヤルに変更。
2月23日13:00-2月24日29:00 まで 「オールナイトニッポン」40周年の特別番組・「俺たちのオールナイトニッポン40時間スペシャル」を放送した。ビートたけし・笑福亭鶴光・タモリ・松任谷由実・ウッチャンナンチャンなどの歴代パーソナリティーが久々に放送し、福山雅治・ナインティナインと現在のパーソナリティも放送した。
9月29日 - 地上デジタルラジオ「D-JOLF」のサブチャンネル「JOLF+」を、「ニッポン放送DIGITAL」に改称。地上波ニッポン放送のサイマル放送を開始。
設備ニッポン放送 有楽町本社 正面玄関付近(2006年撮影)
糖業会館・ニッポン放送本社ビル建て替え前は「糖業会館ビル」という名称で、社団法人糖業協会が所有していた。建て替えを機に合築し、共同所有となった。地下4・3階、地上2・3階は、糖業協会が使用。地下1階はテナント「ニユートーキヨー 綴 TSUZURI」が使用。
地下2階
imagineSTUDIO(イマジンスタジオ 第1スタジオ) - 大型多目的公開スタジオ。ジョン・レノンの楽曲「イマジン」に由来。壁面ガラスにジョン・レノンのサインが刻まれたプレートが埋め込まれている。
1階 - 受付・車庫
4階帯番組の生放送に関しては、第2スタジオと第3スタジオを交互に使用している。
マスター(東芝製を使用)
報道部
テレフォンセンター
第2スタジオ - 生放送用スタジオ。窓からザ・ペニンシュラ東京や日比谷公園が見える。
第3スタジオ - 生放送用スタジオ。通称レトロスタジオ。昭和30年代をイメージした家具・雑貨が置かれていたが、2006年に家具・雑貨が撤去された。理由は不明。窓からDNタワー21が見える。
6階
第4スタジオ - 準放送用スタジオ。主に録音番組の収録に使用。
第5スタジオ - 準放送用スタジオ。主に録音番組の収録に使用。
第6スタジオ - 準放送用スタジオ。録音番組・地方局向け番組の収録に使用。
第7スタジオ - 準放送用スタジオ。主に録音番組の収録に使用。
編集室
9階
スタジオX - インターネットラジオ・デジタルラジオ専用スタジオ。現在はSuono Dolceで使用している。かつてBSデジタルラジオLFX488専用スタジオとして設置・使用されていた。
ニッポン放送は1960年代前半、当時テレビに押され気味だったラジオの媒体価値を高めるべく、ラジオがより身近な存在である事をアピール。局舎以外に公開スタジオを設置する事となり、これをサテライトスタジオ(通称・サテスタ)と呼んだ。このサテスタ作戦は成功し、文化放送は追従したが、TBSラジオは背を向けた。現在でもFM局も含め、全国各局で採用されている。
新宿(小田急百貨店2階。現在は三菱東京UFJ銀行の一部 1962年-?)
新宿(伊勢丹内)
雷門サテライトスタジオ(浅草 常盤堂本店1階 現在は店舗の一部)
池袋(西武百貨店2階。現在は百貨店のディスプレイ)
銀座(三愛ドリームセンター内)
西銀座サテライトスタジオ(西銀座デパート1階 現在は隣接していた宝くじチャンスセンターが増床 サテライトスタジオのさきがけ)
有楽町Radio Town(有楽町 読売会館2階南側(ビックカメラ有楽町店内) 現在はビックカメラ有楽町店の一部 2001年6月-2004年3月)
ラジオカー中継車(車種:トヨタ・ランドクルーザー80)
他社に先駆けて1960年頃に主要13交差点の混雑状況を報じる「交通ニュース」放送開始。その後アメリカのラジオ局にならい「ニッポン放送ヘリ情報」と題してヘリコプターから交通情報や報道を行っていたが、日本道路交通情報センターが設置され、そこからの中継に移行したためヘリは廃止された。