設立〜2002年
1953年(昭和28)12月23日 - 日本放送株式会社として予備免許取得。
1954年(昭和29)
1月21日 - 日本放送株式会社を株式会社ニッポン放送に改称。
4月23日 - 設立総会を経て株式会社ニッポン放送設立。
7月7日 - 本免許取得。
7月15日 - 全国36番目、東京で3番目の本放送開始。周波数1310kC(kHzと同義)、出力50kW、略称NBS
1957年(昭和32)11月 - 東京地区のテレビ免許割り当てで、文化放送と共同でフジテレビジョン(以下フジテレビ)を設立。
1958年(昭和33) - 文化放送と共同でステレオ実験放送を実施。
1959年(昭和34)3月
株式会社深夜放送(後に株式会社フジサンケイエージェンシーへ)を設立。
24時間放送開始。
1962年(昭和37)11月 - 国内初のサテライトスタジオを小田急百貨店新宿店内に開設。
1965年(昭和40)5月3日 - 文化放送と共同で全国民放ラジオ31社を結ぶ全国ラジオネットワーク(NRN)を発足。
1967年(昭和42)10月1日 - 深夜放送の長寿番組『オールナイトニッポン』が放送開始。また、この頃略称をLFに変更。(NBSの略称は、現在長野放送が使用)
1971年(昭和46)
6月 - 増力のため東京都足立区から千葉県木更津市椿へ送信所を移転。
11月 - 周波数を1240kHzに変更。東西冷戦時代の真っ只中、ソ連国営のモスクワ放送が日本全土に向けて1250kHzで放送を開始したため、その受信を妨害するためともいわれる。(実際は大出力局の国際調整などでこの周波数しかなかったため)
1972年(昭和47)10月1日 - オールナイトニッポン放送開始5周年。
1975年(昭和50) - 視覚障害者の為に音響装置付信号機その他を贈るべく、毎年12月24日から翌日12月25日にかけて24時間放送しているチャリティー番組『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』を開始。
1977年(昭和51)10月1日 - オールナイトニッポン放送開始10周年。
1978年(昭和53)
11月23日 - ITU(国際電気通信連合)の取り決めで周波数が9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時をもって、周波数を1242kHzに変更、出力100kWに増力。
- 月 - 堤義明(当時の「国土計画(現・プリンスホテル)」オーナー)氏よりプロ野球球団「横浜大洋ホエールズ(現・横浜ベイスターズ)」運営会社の株式約30%を取得。
1981年(昭和56)12月 - 大型多目的公開スタジオ「ラジオハウス銀河」(第1スタジオを改装)完成。
1982年(昭和57)
2月16日 - プリエンファシスを導入。
10月1日 - オールナイトニッポン放送開始15周年。
1986年(昭和61)4月1日 - フジサンケイグループ統一CI導入に伴い、ロゴ・マークを現在の「目玉マーク」に変更。
1987年(昭和62)10月1日 - オールナイトニッポン放送開始20周年。
1991年(平成3)10月 - 「オールナイトニッポン」25年目突入を記念して、中島みゆき、タモリ、ビートたけし、笑福亭鶴光の各オールナイトニッポンが、一夜限りの復活放送特別番組を放送した。
1992年(平成4)
3月15日 - 午前9時からAMステレオ放送の本放送を開始(「右からきんさん・左からぎんさん」「元気にステレオ・ニッポン放送」ときんさんぎんさん出演によるCMが放送された)。それを記念した特番「これがニッポン放送のステレオだ! ステレオオープニングスペシャル」が生放送された。また時報もステレオ対応のものに変更。ニュース、交通情報のジングルを変更。
日枝グループにより鹿内宏明会長解任。
10月1日 - オールナイトニッポン放送開始25周年。
1994年(平成6)3月 - 国産初の全固体化大電力デジタル振幅変調方式の送信機(日本電気製 MBT-9050A)を導入。
1996年(平成8)12月2日 - 東京証券取引所第二部に株式を上場。
1997年(平成9)
3月24日 - 老朽化した社屋(糖業会館ビル)建て直しのため、本社を東京都港区台場(フジテレビ本社ビル 正式名称:FCGビル)に移転。
10月1日 - オールナイトニッポン放送開始30周年。