アニメは世界40ヶ国以上で放映[15]、コミックスが発売され世界中でファンを獲得している。米国だけで4000万ドル(約44億円)[19]。アメリカでは、ドラゴンボールのビデオとDVDの売上が2500万本を超え[37]、更には"dragonball" のキーワードが米LYCOSの検索ランキングで2年連続第1位を獲得[38]。 また米Yahoo!の検索ランキングでも3位になった[39]。中国や韓国などアジア各国では海賊版が多数出回り、版権元を悩ませている。
フランスでは1987年9月からアニメ版『ドラゴンボール』が放送されるとたちまち人気を博し、最高視聴率は67.5%に達した[40]。1988年にはアニメ雑誌『PIFジャーナル』のテレビフィルムアニメーション部門アニメグランプリ「金のトリュフ賞」受賞、1991年にはTF1局の番組『クラブドロテ』の優秀アニメーション賞第1位、1995年には『ドラゴンボールZ』が再び同賞第1位を受賞した[41]。 また在仏日本大使館が毎年行っている『フランスで最も有名な日本人はだれか』という調査では、鳥山明がトップになることもあった。 原作コミックスは2003年6月時点で1500万部以上発行[42]、フランス語版の完全版も出版されている。 ドイツでは日本には無いハードカバーの豪華版が出版されている。
アメリカには1996年に進出したが、日本アニメの地位の低さ及び『Z』に関しては暴力的とみなされた事から当初は大手放送局ではなく、ローカル局で週一回、深夜や早朝5時台での放送を余儀なくされ、インターネット上ではカルト的人気を得ていたものの視聴者数は思うように伸びなかった。しかし1998年ケーブル局カートゥーンネットワークで週5日の放送が始まると、放送直後から爆発的人気を獲得し、局の視聴率記録を塗り替えるまでになった[43][44]。 2002年にはINFOGRAMES(現ATARI)社が欧米でのゲーム化権を獲得、北米開発のソフトが発売されると100万本を超えるヒットとなり、これを機に日本でのゲーム化権を持つバンダイも世界展開を視野に入れたドラゴンボールのゲームソフトを次々に企画、2003年までにはドラゴンボール計27本のゲームソフトの総売上数は日本国内だけでも1150万本を記録[45]。2003年以降もPS2ソフト『ドラゴンボールZ』だけでも2003年時に世界で売上200万本を突破している[45]。 2004年〜2006年の3年間では『ドラゴンボールZ2』『ドラゴンボールZ3』『ドラゴンボールZスパーキング!』の3タイトルだけでも売上数は150万本以上[46][47][48]。
ATARIは2005年度にはドラゴンボール関連で8500万ドルの売上を記録するなど、ドラゴンボールが収益の柱となっていた[49]。日本でのリバイバルブームのきっかけともなった。 米国のポップカルチャー業界情報会社のICv2の調査によると、2008年初頭に北米で最も注目されたアニメDVDの2位になった[50]。
また、アメリカのニールセン・ビデオスキャンの分析データによると、アニメ版ドラゴンボールZ・シーズン1は、2007年のアメリカのアニメDVD売上でトップを記録。 同社の社長は「ドラゴンボールZは絶え間なく増え続けるファンベースを持つ非常に人気の作品です。根強いファンと次世代のファンのおかげで、ドラゴンボールZはアメリカで最も人気のある作品の一つとして君臨し続けます。」と感想を述べた[51] 。 アメリカでのドラゴンボールのビデオ、DVDはこれまでに合わせて2500万枚を売り上げている[52]。
北欧においてはデンマークのカールセン社が1998年からデンマークで単行本を翻訳・発行を開始した。その他北欧諸国やドイツでも続いてカールセン社から単行本が発行されている。デンマークにおいては人口が550万人ほどであるにも拘らず、150万部を超える販売部数を記録している。[53]
ニュージーランドの首都ウェリントンのTSBバンク・アリーナで開催されている、SFとコミックの祭典「アルマゲドン・パルプ・カルチャー・エキスポ」では、「かめはめ波コンテスト」が毎年開催されている。参加者は実際にかめはめ波を出しているかのようなパフォーマンスをし、それを競う大会である。ちなみに、この「かめはめ波コンテスト」は2001年から開催されていて、すでに7年の歴史がある[54][55]。
タレントの眞鍋かをり[56]、香取慎吾[57]や関ジャニ∞の横山裕[要出典]、次長課長の井上聡[56]、インパルスの板倉俊之[56]、ウエンツ瑛士[56][58]、えなりかずき[59] など、ドラゴンボールのファンを公言する有名人は多い。