他の東ヨーロッパの社会主義国同様、ワルシャワ条約機構に属していた。DDRの軍隊である国家人民軍の人数は約9万人で、約26万人の在独ソ連軍の3分の1ほどに過ぎなかったが、「棍棒で鍛えられた」とも表現されるその錬度の高さはワルシャワ条約機構軍一と言われ、同軍の武器庫、弾薬庫の鍵は、叛乱を恐れ必ず在独ソ連軍の将校が管理したとも噂された。T-72その他の同軍の兵器はソ連仕様よりも武装や装甲が大幅にスペックダウンされており実際にソ連側にとっての叛乱防止の意図があったと見られている。
「東ドイツは国土の約4分の1が在独ソ連軍の基地や演習場で占められていた」、「東ドイツは約26万人(東欧革命より少し以前の陸軍のみの兵力と思われる)の在独ソ連軍に支払う思いやり予算の重圧で自然崩壊した」等の言説は、現在では西側マスコミによるプロパガンダだったというのが通説となっている。
1973年、西ドイツと同時に国際連合に加盟。なお、ドイツ民主共和国はナチス・ドイツと戦ってきた反ファシズムによって樹立された政権であり、ベルリンの壁の崩壊まで第2次世界大戦によるナチス・ドイツの侵略戦争やホロコーストに対する責任を負う立場にないとしていた。
当初は5つの州(Land) が置かれた連邦制で、旧西ドイツの連邦参議院にあたる参議院 (Landeskammer) も存在したが、1952年以降は14のBezirk(日本語では「県」と訳される、東ベルリンは除く)に再編されて参議院は廃止され、中央集権化が進められた。
ドレスデン県(Bezirk Dresden、県都はドレスデン)
カール=マルクス=シュタット県(Bezirk Karl-Marx-Stadt、県都はカール=マルクス=シュタット)
ライプツィヒ県(Bezirk Leipzig、県都はライプツィヒ)
ゲーラ県(Bezirk Gera、県都はゲーラ)
エアフルト県(Bezirk Erfurt、県都はエアフルト)
ズール県(Bezirk Suhl、県都はズール)
ハレ県(Bezirk Halle、県都はハレ)
マクデブルク県(Bezirk Magdeburg、県都はマクデブルク)
コトブス県(Bezirk Cottbus、県都はコトブス)
ポツダム県(Bezirk Potsdam、県都はポツダム)
フランクフルト県(Bezirk Frankfurt (Oder)、県都はフランクフルト・アン・デア・オーダー)
ノイブランデンブルク県(Bezirk Neubrandenburg、県都はノイブランデンブルク)
シュヴェリーン県(Bezirk Schwerin、県都はシュヴェリーン)
ロストック県(Bezirk Rostock、県都はロストック)
1990年7月23日に人民議会によって州の復活が決定し、以下の5州が設置された。この5州を新5州、東ドイツ5州という。
ザクセン州
ブランデンブルク州
ザクセン=アンハルト州
メクレンブルク=フォアポンメルン州
テューリンゲン州
上記5州は、ドイツ基本法23条に基づいてドイツ連邦共和国に加入した。
ここでは、東ドイツを5つの地域(北部・中部・東ベルリン・南部・南西部)に分けて論じる。
ロストック県、シュヴェリーン県、ノイブランデンブルク県といった北部は農業地域であった。また、バルト海に面するロストック県では水産業も盛んだった。工業部門では、港湾都市ロストックで造船業がみられた。ロストックは、ソ連、東欧に輸出するための最も重要な貿易港でもあった。また、シュヴェリーンやノイブランデンブルクで金属加工、軽工業が発展していた。
マクデブルク県、ポツダム県、フランクフルト・アン・デア・オーダー県、コットブス県でも、農業が盛んであった。また、コットブス周辺は褐炭の最大生産地域であり、同県のエネルギー産業は東ドイツのエネルギー生産の約4割を支えていた。そのほか、アイゼンヒュッテンシュタットの鉄鋼コンビナートや、マクデブルクの機械製造工業などが発展していた。
工業、通信、サービス業などが盛んであった。シーメンスやAEGを受け継いで、電気・電子産業も発展した。
ドレスデン県、カール・マルクス・シュタット県、ライプツィヒ県、ハレ県といった南部は、東ドイツにおける工業地域であった。