豊田佐助 豊田平吉 浅子 @豊田佐吉 たみ 三井高棟
豊田稔 豊田芳年 豊田英二 豊田利三郎 愛子 A豊田喜一郎 三井高長 興子
豊田周平 豊田鐵郎 豊田幹司郎 豊田大吉郎 豊田達郎 B豊田章一郎 博子
C豊田章男
※丸数字は豊田本家の代数
歴代社長
豊田利三郎(とよだ りさぶろう、1937年?1941年、初代社長。1952年死去)
豊田喜一郎(とよだ きいちろう、1941年?1950年、第2代社長。1952年死去)
石田退三(いしだ たいぞう、1950年?1961年、第3代社長。1979年死去)
中川不器男(なかがわ ふきお、1961年?1967年、第4代社長。1967年死去)
豊田英二(とよだ えいじ、1967年?1982年、第5代社長。現最高顧問)
豊田章一郎(とよだ しょういちろう、1982年?1992年、第6代社長。現名誉会長)
豊田達郎(とよだ たつろう、1992年?1995年、第7代社長。現相談役)
奥田碩(おくだ ひろし、1995年?1999年、第8代社長。現相談役)
張富士夫(ちょう ふじお、1999年?2005年、第9代社長。現会長)
渡辺捷昭(わたなべ かつあき、2005年?、第10代社長。現職)
前述の1950年の経営危機を教訓とし、「改善(カイゼン)」、ジャストインタイム (JIT) (カンバン方式)、トヨタ生産方式等の生産・経営のノウハウを確立した。また販売を重視し、銀行融資に頼らず自己資本の充実に努め、名古屋式経営の見本ともされる無借金経営で優良企業の代表的企業とされる。しかしこれはあくまで単独会計の場合であり、連結子会社においては有利子負債が相応に存在し、また顧客貸し出し(自動車ローン)事業をおこなう金融子会社が存在するため、連結決算においては企業規模相応の有利子負債(約12兆円)が存在する。一方で、単独決済で約6兆円(これはスイスの単年度国家予算に匹敵する)、連結では約13兆円もの多大な内部留保を抱えるため、トヨタ銀行とも称される。2002年3月期の通期決算において日本企業初の連結経常利益一兆円を超え、さらに2004年3月期の通期決算では、連結純利益(米国会計基準)でも日本企業初の一兆円超えを達成した。そして2007年3月期連結決算(米国会計基準)では営業利益が2兆2386億円となり、6年連続で過去最高を更新した上に日本企業として初の二兆円の大台を突破しマスコミから絶賛された。
1990年代以後の不況期にはその経営姿勢が注目され、ついにはトヨタ自身も生産方式を他企業にパッケージ販売するに至った。
近年では社会貢献活動に力を入れており、2006年1月からトヨタ社内に「社会貢献推進部」を設置し、交通安全や中国での植林活動、人材育成、自動車のリサイクルなどの環境への貢献などの社会貢献活動を積極的に行っている。
1999年に、東京モーターショー出展のコンパクトカー“ファンタイム”を基に開発された新車種ヴィッツの爆発的ヒットを皮切りに始まった新路線と、2005年3月より9月まで愛知県東部丘陵地区(豊田市、長久手町、瀬戸市)にて開催された国際博覧会「愛・地球博」による東海地方の経済効果、また、2000年代前半における中小企業の徹底的な経営改善などが功を奏し、近年再注目されている。
代表取締役
会長:張富士夫 - (※日本経団連副会長、日本自動車工業会会長)
副会長:中川勝弘
社長:渡辺捷昭
副社長:笹津恭士
開発思想(80点主義)初代カローラ1100デラックス(KE10D)
開発に6年を費やして1961年に発売された700ccの小型大衆車・初代パブリカは、基本コンセプトとして低廉化・経済性を実現するため、徹底して合理的に設計され、実用車としての完成度は高かった。しかし、「せっかく購入するのだから少々高くても」という消費者心理を掴み切れず販売は不振であった。この不振を分析し、ラジオやヒーター等を装備したデラックスモデルを加えた結果、販売台数は増加した。これを踏まえて、トヨタの80点主義と呼ばれる思想が生まれる。
80点主義とは、1966年に発売された初代カローラの開発主査である長谷川龍雄が打ち出した考え方である。