日本にデモンストレーションという言葉が紹介されたのは20世紀の初めだといわれ、示威行為と訳された(現在も「集団示威運動」の語が法令に存在する)。それ以前には百姓一揆のようなデモと暴動がセットになった行動もあり、打ちこわしでは襲撃はするが略奪はしないなど、一種独特のルールがある暴動まで存在した。
日本で非暴力を主とするデモが盛り上がりを見せたのは労働条件の改善を訴え1920年から始まったメーデーからであろう。しかし次第に軍国化していく日本では、労働者の権利より国益が優先され、政府によって厳しく制限されるようになり、ついにはメーデーも禁止されるようになってしまった。
終戦後、メーデーが復活し、1960年代には労働組合の成熟や学生運動の盛り上がりなどから、デモは一般的なものになった。1980年代からは市民運動などが活発になり、デモも市民の草の根の運動の一つとして行われた。しかし近年では労働運動の衰退などや、若者の意識変化、社会の安定などもあり、日本におけるデモは、労働組合などによる大量動員が行われる場合などを除いては、参加者が少ないものとなっている。(諸外国では数万人規模のデモも頻繁に起こる。:イタリアのジェノヴァのサミットの時に起きた時は25万人の参加者が居た)。またこれは日本人の性格によるものなのか、参加者の積極性によるものであるかは不明だが、日本のデモは諸外国に比べて非常に穏やかものとなっている。
また、警備が非常に厳しく、デモ隊より警備の警察官の方が多くなることもしばしばあり、さらに警察官がデモ隊をぐるりと包囲する形で監視していることもある。これは、警察がデモを周囲と切り離し、飛び入り参加者を阻止するためといわれている(「歩行中のみなさんは、デモに気をとられることなく」など、直接そうした呼びかけを行った例もある)。その「効果」が現れていることも、参加者が少ない理由として指摘されている( ⇒■[オタク[イベント] 8/5 秋葉原サウンドデモ その時現場は。])。
なお、日本でデモ行進を行う場合は道路交通法及び都県または市が定める公安条例に従う必要がある。
関連項目
メーデー
積極行動主義
ストライキ
2005年の中国における反日活動
官製デモ
市民活動
ワシントン大行進
2007年ミャンマー反政府デモ
反戦運動
カテゴリ: 社会運動
更新日時:2008年9月25日(木)04:26
取得日時:2008/10/13 22:35