両県は日本でのチューリップの大規模な栽培拠点である。
日本においては、数多くの地方公共団体で市花や町花等に制定されており、季節には数千から数万本のチューリップが観光客を集めている。
上湧別町、新潟市、足立区、神奈川区、中区(横浜市)、安来市、深谷市、久美浜町、砺波市、直方市
古くはオスマン朝トルコでもてはやされ(当時のイスタンブール・チューリップは現存していないが、壁画などに当時の面影を見ることが出来る)、ローマ帝国、オーストリアの大使ブスベック(ブスベキウス)によってはじめてヨーロッパに伝わる。この伝来のときにあやまってチュルバン(ターバン)と伝わったために現在のチューリップと言う名が生まれた。後、ブスベックの友人クルシウスがオランダのライデン植物園に移り、そこでチューリップを栽培したところ評判となった。盗難が何度も起きたためクルシウスは栽培をやめてしまったが、その後オランダではチューリップ狂時代をはじめ、幾度と歴史上にチューリップが登場する事となる。16世紀末にはイギリスでも栽培が始まり、カーネーションやオーリキュラと共に、早くからフローリスツ・フラワーとして育種が進んだ。19世紀には多数の品種が生まれ、現在でもいくつかが栽培されている。
伝説・民話
イスラエル
聖書に登場する岸辺のユリ、シャロンのバラはチューリップだと言われている。
トルコ、ペルシャ
ある村にファルハドと言う青年がいた、彼は村長の娘シリンと恋をしていた。村の井戸が枯れたときファルハドは水を得るために穴を掘った。掘ることだけに必死になり、水を得る事が出来たが、その頃にはシリンは亡き人となっていた。恋人の死を悲しんだファルハドは崖から飛び降りて命を散らす。その砕けた体から出た血からやがて真っ赤な花が咲いた。それがチューリップである。
オランダ
ある美しい少女に3人の騎士が求婚をした。一人は黄金の王冠、もう一人は剣、最後の一人は財宝を。しかし、誰とも選べぬ少女は悩んだ末、花の精霊に姿を変えてもらった。王冠の花、剣の葉、財宝の球根をもつ。少女の名からチューリップと名付けられた。
デリバティブ取引のひとつである商品取引は、17世紀初頭にオランダで行われたチューリップ取引が起源であると言われている。当初は、植物愛好家間の取引であったが、投機的な資金が流入し、珍しい品種のチューリップの球根が高値で取引された。これを、チューリップ・マニアまたはチューリップ・バブルと呼ぶことがある。ハーレム、アムステルダム等での常設現物市場や、相対取引での先渡取引等、一般庶民を巻き込んで盛んに取引が行われたが、1637年の球根価格の暴落により、チューリップ・マニアまたはチューリップ・バブルは終焉した。
日本にはアマナ、ヒロハノアマナという植物が分布しており、チューリップと姿が似ている。かつてはチューリップ属に含まれていたが、形態の違いから、現在はアマナ属に分類されている。甘菜の意であり、食用とされた。別名ムギクワイ。水田の畦などの水分の多い場所を好む(チューリップと違い球根は乾燥に弱い)。
球根の糖度がきわめて高くでん粉に富むため、オランダでは食用としての栽培も盛んで主に製菓材料として用いられる。そのほか、花をサラダや菓子の添え物として生食することもある。日本でも近年、生産量が増えており、主に通信販売などで一般にも入手可能である。
食用に適するものは専用の品種で、一般の園芸品種は灰汁が強く、また農薬などの問題もあり食用は避けるべきである。また、多くの品種で全草に心臓毒であるツリピンを含み毒性がある。また球根は傷付くとアレルギー性物質のツリパリンAを生成する。
一重遅咲き系(黄)
関連項目
なばなの里:三重県桑名市に位置し、春夏秋冬四季の花が咲く花をテーマにしたテーマパーク。大規模なチューリップの花壇が見られる。
ハウステンボス:長崎県に位置し、古くより日本と交易のあったオランダを扱ったテーマパーク。
キューケンホフ公園:オランダの公園で大規模なチューリップの花壇が見られる。
上湧別町チューリップ公園:北海道上湧別町に位置する公園。