チベット
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チベット独立運動

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中華人民共和国は、チベット政府「ガンデンポタン」を屈服させ、1951年に「十七か条協定」を締結し、清末以来、中国政権の統治が及ばなくなっていたチベットの西蔵部分に再び支配権を確立したことを「西蔵和平解放」(西蔵の平和的な解放)と呼んでいる。また1950年代初頭からアムド地方で、1956年よりカムで開始され、チベット動乱勃発の契機となった「民主改革」、1959年以降、西蔵に対する直接統治にともない、同地でも展開された「民主改革」について、「封建農奴制」を覆し、「100万農奴」に「解放」をもたらしたとして高く評価している。

これに対し、チベット亡命政府(ガンデンポタン)側は、古来よりチベットは独立国であったという立場から、中華人民共和国の支配統治を「不当な占領」と主張し、当初は「独立の回復」を、1979年に中華人民共和国政府との交渉が開始されてからは、「中華人民共和国主権下の真の自治」を求めるという妥協案を提案している。

ダライ・ラマは、臨時政府がダラムサラに居を据えたのち、直ちに世界人権宣言をベースとした憲法草案の制定を指示、ダライ・ラマを国家元首に据えた立憲君主制度をうたった憲法草案が1963年に制定、公布された。インドとネパールを主とする世界各地に分布する亡命チベット人社会は、憲法草案(のち何度か改訂されている)に依拠して組織されている。主な亡命チベット人の入植地は、ダラムサラ(約12,000人)、ムンゴット(14,000人)、マイソールなどである。

なお、ダライ・ラマ14世は、その平和的かつ地道な活動が高い評価を受けて1989年ノーベル平和賞を受賞した。なお、「ダライ・ラマ14世」は、金盾で掛っている禁止ワードであり、ノーベル平和賞の受賞に対しても完全無視を決め込んだだけでなく、関連図書の持込、彼の写真を所持することさえも禁止されている。

中国共産党は、結党直後は、かつて清朝の支配下にあった諸民族の「民族自決権」を認め、1931年に江西省で樹立した「中華ソビエト共和国」時代には、チベットを含めた諸民族に対し、「民主的な自治邦」を樹立し、「自由に中華連邦に加入し、または脱退できる」と規定する憲法を制定するなど、高度な自立性を認めていたが、1949年の「中華人民共和国」建国以降は、「チベットは中国の不可分の一部分」という主張に転じ、今にいたっている。

東西冷戦に加え、文化大革命が行われていた時期は中華人民共和国とチベット亡命政府側にまったく交渉はなかったが、1970年代末以降接触が再開、チベット側は、「完全なる独立」を取り下げ、「中国主権下の完全な自治」・「チベット全域を単位としたチベット人の自治行政単位の設定」などの主旨で妥協する提案を何度か行っているが、中華人民共和国側はこれを「形を変えた独立の主張」だとして拒否した。また、ダライラマ14世は、21世紀初頭からは「チベットの独立は経済的地理的に非現実的であり、チベットは中国の一部である」と述べている。 ⇒[1]

ラサ市では当局の厳しい締め付けにもかかわらず、地元チベット系住民や僧侶の抵抗運動も時折発生している。チベット動乱によりダライ・ラマ14世がラサを脱出して30周年にあたる1989年3月には、大規模な抗議運動が暴動にまで発展し、多くの死傷者を出した。それ以降、外国人のチベット訪問には多くの制限が設けられた。(中国政府により、現在でも外国メディアがチベットから自由に報道することを禁じられている。)

弾圧の状況について、ダライ・ラマやチベット亡命政府から発表された一例を挙げると、2007年8月に四川省のチベット族居住地区で行われた祭りでは、「ダライ・ラマの帰還を願う」と大声で叫んだ1人のチベット族男性が当局に逮捕されたことをきっかけに、数百人の民衆と警官隊が衝突、多数の民衆が殴打された。その数日後、軍兵士ら計約1万人が出動、住民4000人の村を包囲し、不穏分子を次々と逮捕した、またダライ・ラマが米議会から議会名誉黄金章を授与された当日の早朝、ラサでチベット仏教の僧侶数百人が受章を祝う活動を行っていたところ、4000人の武警や軍兵士が出動し、多数の僧侶を殴打し、数十人の僧侶が逮捕された、とされる。

また、同じく49周年となる2008年3月には、3月10日デプン寺の僧侶によるデモに始まる抗議運動が、3月14日には大規模な暴動に発展し、多くの死傷者を出している。米国の短波放送自由アジア放送などによると、僧侶や尼僧を含む10人あまりのチベット族がチベットの旗をふり、ビラを配りながら抗議活動を行ったところ、中国政府の武装警察が殴るなど暴力で抗議活動を鎮圧。聖職者への突然の暴力に、パニック状態になったとされる。また、300人の僧侶が参加してデプン寺からジョカン寺までデモ行進する計画があったが、市中心10キロの地点で武装警察に鎮圧され50人以上が連行されたという。

この様子は世界各国で大々的に報道され、暴動に対し強硬策を取った中国政府は国際的な批判を浴びている。ダライ・ラマ14世は、この行為を文化的虐殺と呼び、激しく中国を非難している。逆に、この件で中国当局は「ダライ・ラマ14世側による組織的な破壊活動」としており、その「証拠もある」としているが、その疑いについてダライ・ラマ14世側は否定している。


参考文献


概説書

A・T・グルンフェルド『現代チベットの歩み』 東方書店 1994年 ISBN 449794431X

山口瑞鳳 『チベット(上)』 東京大学出版会 1987年 ISBN 978-4130130332

山口瑞鳳 『チベット(下)』 東京大学出版会 (改訂版)2004年 ISBN 978-4130130493

多田等観 『チベット』 岩波書店 1942年,(岩波新書赤版91)1982年ISBN 4004010136

ペマ・ギャルポ『チベット入門』日中出版

石浜裕美子『チベットを知るための50章』明石書店

川喜田二郎『チベット文明研究』中央公論社

野町和嘉『チベット 天の大地』集英社


政治関係

チベット亡命政府−情報・国際関係省『チベット入門』鳥影社

ダライ・ラマ『この悲劇の国 わがチベット』創洋社

マイケル・ダナム『中国はいかにチベットを侵略したか』講談社

ペマ・ギャルポ『チベットはどうなっているのか チベット問題へのアプローチ』日中出版

W・シャカッパ『チベット政治史』亜細亜大学

小林秀英『雪の国からの亡命 チベットとダライ・ラマ半世紀の証言』地湧社

パルデン・ギャツォ『雪の下の炎』新潮社

チベット国際キャンペーン『チベットの核 チベットにおける中国の核兵器』日中出版

フィリップ・ブルサール『囚われのチベットの少女』 (11歳で中国政府に投獄された尼僧ガワン・サンドルの実録)フィリップ・ブルサール/ダニエル・ラン著 今枝由郎訳 /2002年 出版:トランスビュー ISBN:4-901510-06-1

英国議会人権擁護グループ『チベット白書 チベットにおける中国の人権侵害』日中出版


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki