チェコスロバキア
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気候

ケッペンの気候区分にいう西岸海洋性気候 (Cfb) が広がるが、東部は一部大陸性の亜寒帯湿潤気候 (Dfb) である。首都プラハの年平均気温は9度、年平均降水量は486mmであった。


経済

チェコはかつてのオーストリア・ハンガリー帝国時代から工業化が進んでおり、1970年時点では共産主義政権下にある東ヨーロッパ諸国の中で最も進んだ工業国であった。農業地域が中心を占めるスロバキアを除くと、主な産業は工業である。金属、機械、自動車[1]、製鉄、繊維のほか、著名なガラス工業(ボヘミアングラス)が盛んであった。このほか兵器製造[2]ビール[3]を中心とした食品工業、ガラス以外の窯業も確立していた。生産規模では鉄鋼が最大である。経済相互援助会議(COMECON)加盟国であり、ソビエト連邦を中心とした経済分業体制の中で重工業製品の市場を東欧圏で確保していた。しかし、性能やデザインなどで徐々に西側諸国からの立ち後れが隠せなくなり、政治的配慮を必要としない真の国際競争力は失われていった。また、東側諸国の中でも保守的な共産党体制は、徐々に悪化する経済状況への改革やハンガリーに比較して遅れた西側資本の導入へ効果的な対策を打てなかった。

鉱業では、燃料としてつかわれる褐炭が東ヨーロッパ諸国内の3位を占めるだけであり、エネルギー以外の工業原材料の6割を輸入に頼っていた。例えば石油はソビエト連邦からドルジバパイプラインを利用して輸入していた。これは石油輸出国機構(OPEC)加盟国などによる国際的基準よりかなり低い価格に設定されており、チェコ経済の重要な基幹となっていたが、同時に経済面でもソビエト連邦へ服属することも意味していた。

農業では、小麦を中心とした麦、サトウダイコン、ジャガイモ、トウモロコシを中心とし自給可能であった。

貿易では、社会主義国同士の取引が最大ではあったが、貿易額の30%は非社会主義国が占めていた。主な輸入品は燃料と工業原材料、ついで穀物、食料品。主な輸出品は機械、石油化学によるガソリンやナフサ、自動車、皮革などである。ガラス工業は金額ベースでは少なかった。


国民

1970年時点では、チェック人 (65%)、スロバキア人 (30%)、その他の民族 (5%) という比率であった。この構成は1990年時点でも変化していない。ただし、右上にある表ではチェック人とモラビア人を区別している。1970年代においてはソビエト連邦を含む全社会主義国の中で所得を含む生活水準がもっとも高かった。7歳から15歳までの初等教育は無料であった。


補足^ シュコダタトラなどが有名
^ Vz 58突撃銃、Vz 61短機関銃、Cz75大型自動拳銃などの小火器類や、ダナ 152mm自走榴弾砲RM-70などの戦闘車輌、L-39アルバトロス高等練習機プラスチック爆弾の一種であるセムテックスなど
^ ピルゼンでのピルスナービール生産やブドヴァルブランド


外部リンク

消滅した国-チェコスロバキア

チェコチャンネル-チェコについて何でも語るページ

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カテゴリ: 歴史関連のスタブ項目 | 中欧 | 東欧 | チェコスロバキア | かつて存在したヨーロッパの国家

更新日時:2008年9月20日(土)19:54
取得日時:2008/10/08 21:54


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki