※打ち上げロケット(A-2)についてはR-7のページも参照のこと
評価発射台上に設置されるソユーズ(バイコヌール、1975年7月15日)
現役の有人宇宙船としては最も安全で経済的であるとされ極めて高く評価されている。商業用の宇宙観光が全てソユーズで行われているのもこの為である。特に、1981年の初飛行以来2度致命的な事故を起こしたスペースシャトルに比べ、ソユーズは基本設計は古いものの、技術的に「枯れた」機体であり、既に30年以上に渡って死亡事故を起こしておらず、その信頼性は極めて高い。
スペースシャトルに比べて、ソユーズが有利だと言われている主な理由に、次のようなものが挙げられる。
発射30秒前からブースターロケットが燃え尽きるまで、トラブルが発生しても一切脱出する術を持たないシャトルに比べ、ソユーズは非常脱出ロケットによって、発射台に据え付けられてから軌道到達までの間、いつでも乗員の乗る帰還船のみを切り離すことが出来る。
一応シャトルにも方法が全くないわけではないが、実用性が0に近く、非現実的な方法である。
何度も同じ機体を使うシャトルに対し、ソユーズは1回きりなので、機体設計に無理がない。
同様の理由から、新しい技術を順次機体に取り込むことが容易に出来る。
なお誤解する人が多いが、基本設計を引き継いでいるのは、わざわざ信頼性を再実証するリスクを背負ってまで新規に設計する必要が無い部分については、可能な限り引き継ぐというだけである。当然ながら、技術や素材の進歩には追従しているし、必要なら機体構造やコンポーネントの改良や更新は常に行われている。またロケット全体を更新せず、部分的に改良・更新を重ねていくスタイルは、欧米のロケットも基本的に同様である点にも注意を要する。スペースシャトルとソユーズTM型の大きさ比較
ソユーズの大きさでは、スペースラブのような巨大な構造物をその機体内に入れて持ち帰ることは当然不可能である
もちろん、「ソユーズは軌道上の宇宙への到達及び、ミール等宇宙ステーションとの人員往復が目的であり、軌道上の実験プラットフォームであるスペースシャトルとは目的・設計運用思想の異なった物である」や「シャトルは衛星軌道上の実験衛星を実験終了後、機体すべてを地球に持ち帰るようなミッションもこなしている」という、ソユーズでは不可能なミッションも行うスペースシャトルと、そもそも比べること自体に無理があるという論も、全く否定出来るものではない。また、ソユーズ自身、過去に致命的な事故を何度か経験しており死者も出している。
しかしそれを差し引いても、すでに確立されたソユーズの人員に対する安全性という優位性は、ほぼ揺るがない。
ただし、ソ連崩壊後の経済的混乱も手伝って、ソユーズの後継であるべきプロジェクトがすべて実現していないこともまた事実である。このため、国際宇宙ステーションの運用は、その成立の精神に反して、スペースシャトルを持つアメリカの事情が優先されている。
将来の宇宙往還機を積極的に開発しているのはアメリカのみ(オリオン計画)で、中国の神舟はソユーズの亜流であり(ただしそれは基礎部分で、アビオニクスなどはほぼ中国の独自開発)、他には欧州のESAと日本のJAXAが基礎研究を行うに過ぎない。日本独自の使い捨て有人宇宙船計画である「ふじ」計画も提案されたのみで2007年現在開発は進められていない。ロシアも再利用型の将来宇宙往還機を構想しているものの、具体的な計画には進めていない。ロシアのスペースシャトルであるブランもソ連時代の1988年に無人でのテスト飛行を成功させているが、ソ連の崩壊とロシアの財政難が災いし、未だに計画継続の予定はない。
ソユーズの後継となる有人宇宙船は何度か噂が飛び交ったりロシアから案が出たものの、2007年現在、今まで実現したものはない。
ソビエト連邦はブランと呼ばれる再使用型宇宙往還機を1988年に無人飛行させているが、ソ連崩壊とロシアの財政難が重なって現在はゴーリキイ公園のオブジェとされてしまっている。スペースシャトルを運用するNASAもシャトルの存在意義に見切りをつけているため、これがソユーズの後継となる可能性はほとんどない。
ロシアは2006年、新型の宇宙船としてクリーペルと呼ばれる小型の翼が付いた宇宙船を開発中であると発言しているが、これがどれほど研究が進んでいるのか、いつ頃初飛行するのかなどは2007年末現在まだ分かっていない。計画のみで終わる可能性ももちろんある。
2007年末現在利用されているソユーズはTMA型だが、これも使われているコンピューターの多くは古いものであるため、機体の基本構造は現在のものを使ったままコンピューター類を新しいものにしたソユーズ(ソユーズKと呼ばれることもある)が現在のところ最も有力視されている。
以上のことから、内部や細部は改良が加えられつつも、ソユーズの根幹はその信頼性や経済性に支えられ、今後もしばらくは使われ続けられると見られる。
ソユーズはスペースシャトル以上の安全性と信頼性から、2008年現在、もっとも、そして唯一の民間人が宇宙旅行を行える手段でもある。
ロシア宇宙局は政府の財政難のため、国際宇宙ステーションと往復する「ソユーズの座席」を世界に向けて販売している。これが2008年現在の宇宙旅行の手段である。2001年にアメリカの富豪であるデニス・チトーを約2000万ドル(日本円に換算した場合、2001年当時のレートで約24億円)でソユーズTM-32により宇宙に1週間滞在させたのを皮切りに、世界から募った民間人を宇宙まで打ち上げている。
なお一般公募していたわけではないが、チトーが宇宙に行く11年前の1990年、すでに日本人ジャーナリストの秋山豊寛が、TBSが費用を負担することでソユーズTM-11に乗って宇宙に行っている。 全て費用を私費で負担し宇宙に行った民間人を宇宙旅行者とした場合、その最初の人はチトーで間違いないのだが、民間人の宇宙旅行者とした場合は秋山が最初である。
便宜上ソユーズ以外の記事にも触れる。
1964年8月3日 ソユーズOK(地球周回)、ソユーズL1(有人月周回)、ソユーズL3(有人月面着陸)開発に対するソ連政府許可が下りる。有人月周回は革命50周年にあたる1967年後半を、月面着陸は1970年第四四半期を予定していた。
1967年4月、ソユーズ計画最初の一人乗りソユーズ1号は打ち上げ・地球周回飛行に成功した後、大気圏再突入したが、着陸用パラシュートが開かずに地面に墜落。ウラジーミル・コマロフ飛行士が死亡(粉砕死)した。
1968年10月、ソユーズ3号が無人の2号とのランデブーに成功。
1968年12月9日 有人ソユーズL1(月周回)打ち上げ予定日。飛行士(レオノフ・マカロフ)はバイコヌール基地で待機し準備は完全であったが、結局政府許可が下りず延期。
1969年1月、4号と5号のドッキングに成功し、15日に5号乗組員が4号に乗り移った。5号の再突入時、帰還船が機械船から分離せずそのまま突入、かろうじて分離はするも着陸時の逆噴射ロケットが作動せず、ボリス・ボリノフ飛行士が重傷。