1946年の開校と同時に、京城帝国大学の建物と書籍を受け継いで“国立ソウル大学校中央図書館”として開館し、1949年に名称が“ソウル大学校付属図書館”に変更された。1975年1月に、本館が冠岳キャンパスに移転された事に伴い、名称が“ソウル大学校図書館”となり、1992年に再び“ソウル大学校中央図書館”に変更された。水原キャンパスにあった農業ライフサイエンス大学が、冠岳キャンパスに移転した事に伴い、2005年に農学図書館も水原キャンパスから冠岳キャンパスに移転した。2006年以降は、分館として社会科学図書館、経営学図書館、農学図書館、法学図書館、医学図書館、歯医学図書館、国際学図書館の7館が設置される様になった。現在では、分館を含んだすべて蔵書量は約260万冊となっている。
1995年に、美術大学東洋画科のイ・ジョンサン教授が美術館の建立建議案を出し、三星文化財団の寄贈で作られた。設計はオランダの建築家であるレム・コールハースが引き受け、地上3階・地下3階、延べ面積1357坪の規模で、三星物産が施工を引き受けた。2003年に、冠岳キャンパス正門の隣に着工し、2005年に完成、2006年6月8日に開館した。2007年10月9日には、デンマーク女王のマルグレーテ2世が訪問した。
1946年の大学設立とともに、1941年に建てられた京城帝国大学時代の建物と遺物をそのまま受け継ぎ“ソウル大学校付属博物館”として開館した。1975年に、中央図書館6階に移転された事に伴い、名称も“ソウル大学校博物館”に変更された。1993年に、現在の建物に移転された。
1階では考古歴史と現代美術及び企画物、2階では人類民俗と伝統美術に関する物品をそれぞれ展示している。主要常設展示物では、各種考古遺跡出土物及び自然史に関連する標本等がある。
1963年1月に“語学研究所”として設立され、2001年に現在の名称に変更された。ソウル大学校の関係者に英語を含めた外国語教育を実施したり、外国人に朝鮮語及び韓国文化を教授する業務を担っている。これ以外にも、英語能力検証試験であるTEPSやSNULT等多くの言語能力測定試験を研究開発する業務を引き受けている。 ちなみにここの外国語コースには日本語教育のコースも開設されており、現在2名の日本人専任講師が教育に携わっている。
朝鮮戦争によって釜山に避難している間の1952年2月4日に、“大学新聞”の第一版が発行された。1953年の休戦に伴い、出版局はソウルの東崇洞の方へ移転し、1958年からは高校生向けの版も発表される様になった。1960年の財政難により、長期間発行が中止されたが、1975年に冠岳キャンパスへ移転して以降は、現在まで休刊する事無く発行され続けている。発行された当初は、週2回・1部500ウォンで発売されていたが、現在では毎週月曜日に無料で配布されている。因みに、休暇中やテスト期間の発行は禁止されている。
月刊誌“ソウル大ジャーナル”は、1995年に総学生会で“私達の世代”というタイトルで創刊した。1997年に総学生会から独立し、2001年に“ソウル大ジャーナル”に名称を変更した。“校誌冠岳”は、1990年創刊され、季刊誌として発行されている。“ソウル大ジャーナル”と同様に、本来は総学生会傘下にあったが、2006年に総学生会会則から該当条項が削除された。
また、2002年からは女子学生向けの自治言論誌“ジュイサンス”も出版されており、2000年に開設された学内コミュニティサイト“スヌライプ”も、学内ニュースや学生と教授との対話を掲載する等、言論としての機能も一部担当している。
卒業生
ソウル大学校の人物一覧を参照
ソウル大の隣近の学生街。名前の来由は 1980年代にドンドンジュを売った「緑豆屋」から。
関連項目
京城帝国大学
外部リンクウィキメディア・コモンズには、 ⇒ソウル大学校 に関連するカテゴリがあります。
⇒ソウル大学公式サイト(韓国語)
⇒ソウル大学公式サイト(英語)
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カテゴリ: 韓国の大学 | 大学関連のスタブ項目
更新日時:2008年8月27日(水)15:59
取得日時:2008/10/10 12:01