年月日競走名オッズ着順距離タイム着差騎手1着馬/(2着馬)
1963.11.13京都3歳新馬1.4(1人)1着1200(良)1:13.94馬身栗田勝(ホシツキ)
11.30阪神オープン2.2(2人)1着1400(稍)1:25.72 1/2栗田勝(エイブルマン)
12.14阪神3歳中距離特別1.9(2人)1着1600(稍)1:40.04馬身栗田勝(オークラヤマ)
1964. 1. 4京都オープン1.0(1人)1着1600(良)1:42.32馬身栗田勝(ハナビシ)
3.29東京スプリングS10.5(6人)1着1800(良)1:51.31/2身栗田勝(ヤマニンスーパー)
4.19東京皐月賞2.7(1人)1着2000(良)2:04.13/4身栗田勝(アスカ)
5.16東京オープン1.3(1人)2着1800(良)1:50.80.1秒栗田勝ヤマニンシロ
5.31東京東京優駿2.1(1人)1着2400(良)2:28.83/4身栗田勝(ウメノチカラ)
10.10阪神オープン1.2(1人)2着1800(良)1:51.60.1秒栗田勝イチミカド
11. 1京都京都杯2.5(1人)2着1800(良)1:52.10.2秒栗田勝バリモスニセイ
11.15京都菊花賞2.4(2人)1着3000(稍)3:13.82 1/2栗田勝(ウメノチカラ)
1965. 5.29阪神オープン1.9(1人)1着1600(稍)1:37.74馬身武田博(ヤマヒロ)
6.13阪神オープン1.0(1人)1着1850(良)1:53.71 1/2武田博(ヤマヒロ)
6.27阪神宝塚記念1.3(1人)1着2000(不)2:06.31/2身栗田勝(バリモスニセイ)
10. 2阪神オープン1.8(2人)1着1850(良)1:54.0アタマ武田博(ヒカルポーラ)
11. 3東京目黒記念(秋)2.4(1人)1着2500(稍)2:42.21/2身栗田勝(ブルタカチホ)
11.23東京天皇賞(秋)1.0(1人)1着3200(良)3:22.72馬身栗田勝(ハクズイコウ)
12.18中山オープン1.0(1人)2着2000(良)2:05.50.2秒武田博クリデイ
12.26中山有馬記念1.1(1人)1着2600(稍)2:47.21 3/4松本善登(ミハルカス)
競走名の赤字は八大競走、青字は重賞。Sはステークスを示す。
19戦19連対。連対率100%
受賞
1964年 啓衆社賞年度代表馬、最優秀4歳牡馬
1965年 啓衆社賞年度代表馬、最優秀5歳以上牡馬
引退後は種牡馬となったが当時は海外から輸入した種牡馬の活躍が著しく、内国産種牡馬の成績は低迷していた[49]。そのような状況に配慮してシンザンを繋用した谷川牧場[50]は、「儲ける事よりもシンザンの血統を後世に伝える事が重要」と考えシンザンの種付け料は20万円に設定した。
スガノホマレがレコードタイムを5回記録し、シルバーランドが日本で初めて芝2000mを2分を切るタイムで走破するなど 産駒がスピードを示すようになるとシンザンの種牡馬としての人気は次第に高まり、1978年の5位を最高に合計7回種牡馬ランキングのトップ10に入った。ライターの山河拓也は、シンザンの活躍によって内国産種牡馬が見直され、アローエクスプレスやトウショウボーイの活躍に繋がったとしている[51]。1980年代に入ると種牡馬成績は次第に下降し、1980年に内国産種牡馬1位の座をアローエクスプレスに奪われ[52]、1985年にはリーディングサイアートップ10から陥落した。
産駒からは八大競走などの大レースを勝つ馬がなかなか出なかったが、1981年にミナガワマンナが菊花賞を優勝した。この時点でシンザンは高齢であったためミナガワマンナは「シンザン最後の大物」とも呼ばれたが、さらにその後代表産駒となる二冠馬ミホシンザン(他に天皇賞(春)等を優勝)が登場した。
シンザンはミホシンザンが天皇賞(春)を制した1987年に、受精能力低下により種牡馬を引退した。最終的に産駒の重賞勝利数は49勝[53]に達した。この記録は戦後の内国産馬としては最多である[54]。また、1969年〜1992年には産駒24年連続勝利の記録を打ち立てた[55]。
種牡馬成績
産駒数/種付け数 805/1122頭
産駒勝利数625勝
産駒重賞勝利数 49勝(20頭)
産駒GI級競走勝利数 5勝(3頭、*安田記念含む)
勝利数はいずれも中央競馬のみの集計。
主な産駒代表産駒ミホシンザン
GI級競走優勝馬
ミホシンザン - 皐月賞、菊花賞、天皇賞(春)他JRAGII4勝 産駒にマイシンザン他
ミナガワマンナ - 菊花賞、アルゼンチン共和国杯連覇
ロイヤルシンザン - 安田記念
重賞優勝馬
スガノホマレ - 日本短波賞、京王杯オータムハンデキャップ、CBC賞、東京新聞杯、レコード勝ち5回。
グレートタイタン - 京都記念2回、阪神大賞典、金杯(西)、愛知杯
シルバーランド - マイラーズカップ、愛知杯2回、CBC賞、京阪杯、芝2000m2分の壁を初めて破る。
ハシコトブキ - 朝日チャレンジカップ、京都記念、愛知杯
キャプテンナムラ - 阪神大賞典、鳴尾記念、菊花賞2着、日経新春杯2着、毎日王冠2着
フジマドンナ - カブトヤマ記念、福島記念、中日新聞杯、中山牝馬ステークス連覇 40戦して10勝、堅実に走り着外は僅か6回、最終的に2億以上稼ぎ出して当時の賞金女王になった。
シングン 金鯱賞、朝日チャレンジカップ、シンザン記念2着、日経新春杯2着。中京記念2着 シンザン産駒初の重賞優勝馬、シンザン記念でも好走。