シャーガー
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現役時代

シャーガーは1978年にアーガー・ハーン4世が所有する牧場で生まれた。2歳になるとイギリスの調教師マイケル・スタウトの元へ預けられ調教を受けた。馬名の由来は不明。アーガー・ハーン4世本人にしか分からないらしい。

9月にはニューベリー競馬場でデビュー、クリスプレートとというレースを楽勝する。しかし、続くG1フューチュリティステークスに出走したところベルデイルフラッターという経験馬相手に善戦するものの2着に敗れた。

翌年はクラシック戦線を前にシャーガー陣営は目標をダービー一本に絞った。初戦のクラシックトライアルを10馬身もの大差で勝利すると、続くチェスターヴァーズも12馬身差で余裕の勝利。年明けには34倍に過ぎなかったエプソムダービーの人気も1.9倍の堂々1番人気に推された。好位からレースを進め直線入り口で先頭に立つと、そのままダービーレコードの10馬身差で圧勝した。騎乗していたスインバーンは「あんな大差が付いてるとはちっとも気づかなかったよ。」とコメントを残している。

アイリッシュダービーキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスも4馬身差で連勝。だが、次走に選ばれたレースには誰もが驚いた。既に権威の失墜していたセントレジャーステークスであった。シャーガーは英三冠がかかっていたわけでもなく、他にいくらでも消耗の少ない距離・コースでの凱旋門賞へのプレップレースはあった。そして迎えた同レースだが、大したメンバーもおらず、当然の如く圧勝するものと思われていた。しかしながら、4着と惨敗を喫してしまう。出走理由、惨敗、いずれも全くの謎である。更に更に、目標レースであったはずの凱旋門賞も回避し、そのまま引退、生まれ故郷のバリメニー牧場で種牡馬入りしてしまった。 キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス前には、40株で総額1000万アイルランド・ポンド(約43億円)で既に種牡馬シンジケートが組まれており、既に種牡馬としての評価への影響もなく、この引退も全くの謎であった。

出走日競走名着順距離タイム着差騎手1着(2着)馬
1980. 9.19クリスプレート1着T8F1.39.72 1/2身L.ピゴット(Chief Sparkler)
10.25フューチュリティS(G1)2着T8F2 1/2身L.ピゴットBeldale Flutter
1981. 4.25クラシックトライアル(G3)1着T10F2.09.3510身W.スウィンバーン(Kirtling)
5. 5チェスターヴァーズ(G3)1着T12F65Y2.40.4712身W.スウィンバーン(Sunley Builds)
6. 3ダービー(G1)1着T12F2.44.2110身W.スウィンバーン(Glint of Gold)
6.27愛ダービー(G1)1着T12F2.32.74身L.ピゴット(Cut Above)
7.25キングジョージVI&QES(G1)1着T12F2.35.404身W.スウィンバーン(Madam Gay)
9.12セントレジャーS(G1)4着T14F127Y11身W.スウィンバーンCut Above


誘拐事件

1982年の春には44頭の牝馬と交配され翌年28頭の仔馬が生まれた。しかしその年の繁殖シーズンが始まる直前の2月8日夜9時頃、アイルランドにあるアーガー・ハーン4世のバリーメニー牧場に男6人が侵入すると牧場長を銃で脅してシャーガーを連れ去ってしまう事件が起こった。翌日、200万ポンド(7億円超)の身代金を要求する電話があり、シンジケート側がこれを拒否すると、犯人グループの連絡は途絶え、真相は闇の中に葬られた。アーガー・ハーン4世に恨みを持つ者の犯行、アメリカに連れ去られた等様々な説が流れたが、結局は分からなかった。

8年後の1991年、イギリス新聞ザ・サンの1面に「シャーガーは生きていた。去勢されているが元気であり、7月のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに出走予定」との記事が掲載された。結局エイプリルフールのジョークだったが、このことは日本でもよく知られている。 毎年エイプリルフールには、英国各地でシャーガーが発見されている。

さらに1992年、別件で逮捕されたIRA暫定派のメンバーからの証言として、IRA暫定派が資金確保のため誘拐し、シャーガーが暴れたためすぐ射殺されたとの証言が得られたとサンデータイムに掲載される。

1996年、サンデータイム。北アイルランドのダンゴール州で、シャーガーの遺体らしき骨を発見と報道。しかしこれもエイプリルフールのジョークと判明。

1999年、ハリウッド映画化。映画はシャーガーを大切にしていた一人の少年によって助け出されるストーリーで作成された。

2000年、バリーメニー牧場から160km離れた山中で2つの弾痕がある馬の頭部が袋に入れられた状態で発見され騒ぎに。獣医師の学生がシャーガーから採取した毛2本、シャーガーの産駒とのDNA鑑定が進められた。しかしDNAは一致せず、さらに2歳頃の仔馬の骨であることがわかりシャーガーとは無関係だった。

現在、シャーガーの名を冠し8月にアスコット競馬場騎手招待競走シャーガーカップが開催されている。


種牡馬成績

残せた産駒はわずか28頭。そのうちアウザールアイリッシュセントレジャー)、メイスーン(1000ギニー2着、オークス3着)らを出した。総収得賞金は28万4426ポンドであった。アウザールは日本に輸入されている。


血統表

シャーガーの血統  (フェアウェイ系Nearco4×5=9.4%)

Great Nephew
1963 鹿毛Honeyway
1941 黒鹿毛FairwayPhalaris
Scapa Flow
Honey BuzzardPapyrus
Lady Peregrine
Sybil's Niece
1951 栗毛Admiral's WalkHyperion
Tabaris
Sybil's SisterNearco
Sister Sarah

Sharmeen
1972 鹿毛Val de Loir
1959 鹿毛Vieux ManoirBrantome
Vielle Maison
ValiSunny Boy
Her Slipper
Nasreen
1964 鹿毛CharlottesvillePrince Chevalier
Noorani
GinettaTulyar
Diableretta F-No.9
カテゴリ: 1978年生 (競走馬) | サラブレッド | アイルランド生産の競走馬 | イギリス調教の競走馬

更新日時:2008年8月2日(土)07:36
取得日時:2008/10/06 04:15


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki