ソビエト連邦の独裁的指導者ヨシフ・スターリンは、ヤルタ協定で約束されていた千島列島・南樺太の占領のみならず、日本敗戦直後に米大統領ハリー・S・トルーマンに連絡し、北海道の分割占領(留萌町から釧路市を結ぶ線の北東側と両市町を占領)を申し入れた。理由は、「日本によるシベリア出兵によってソ連は占領されたため、ソ連も日本の領土を占領しなければ、国民の怒りが収まらない。」というものであったが、日本占領政策にソ連の影響力を強めようとする策略だったと考えられる[要出典]。しかし、トルーマンはこれを一蹴したため、「その代償として捕虜をシベリアに送った」という説があるが、この理由はソ連の捏造の可能性が高いという説もある(国際政治学者瀧澤一郎の見解)。
従来死者は約6万人とされてきたが、実数については諸説ある。近年、ソ連崩壊後の資料公開によって実態が明らかになりつつあり、終戦時、ソ連の占領した満州・樺太・千島には軍民あわせ約272万6千人の日本人がいたが、このうち約107万人が終戦後シベリアやソ連各地に送られ強制労働させられたと見られている。アメリカの研究者ウイリアム・ニンモ著『検証ーシベリア抑留』によれば、確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人が死亡したという。また1945年から1949年までの4年間だけで、ソ連での日本人捕虜の死亡者は、37万4041人にのぼるという調査結果もある[要出典]。
国際法上、捕虜として抑留された国で働いた賃金は、帰国時に証明書を持ち帰ればその捕虜の所属国が支払うことになっている。日本政府は、南方地域で米英の捕虜になった日本兵に対しては、個人計算カード(労働証明書)に基き賃金を支払った。しかし、ソ連は抑留者に労働証明書を発行せず、日本政府はそれを理由に賃金を支払わなかった。1992年以後、ロシア政府は労働証明書を発行するようになったが、日本政府は未だに賃金支払を行っていない。
シベリア抑留経験者からなる全国抑留者補償協議会は、2006年10月に未払い賃金の補償を引き続き日本政府に求めることを申し合わせた。
シベリア抑留に関連する作品
『岸壁の母』
『極光のかげに―シベリア俘虜記』高杉一郎・岩波文庫 ISBN 4003318315
『生き急ぐ:スターリン獄の日本人』内村剛介・講談社 ISBN 4061982605
『プリンス近衛殺人事件』V.A.アルハンゲリスキー・新潮社 ISBN 410540301X
『収容所から来た遺書』辺見じゅん・文芸春秋 ISBN 4167342030
『シベリア抑留1450日』山下静夫・デジプロ ISBN 9784490206135
『ミュージカル異国の丘』劇団四季
『幻の豹 The panther in Ukraina 1950』滝沢聖峰・大日本絵画 ISBN:4-499-22647-3
『遥かなる約束』 2006年 フジテレビ 阿部寛・黒木瞳主演
関連団体
全国抑留者補償協議会(全抑協)
近畿地区シベリア抑留者未払い賃金要求の会
財団法人全国強制抑留者協会
経験した著名人
相沢英之 - 大蔵次官、元自民党衆院議員。経企庁長官などを歴任した。全国強制抑留者協会会長(著書に抑留体験を小説にした『タタァルの森から』がある)
朝枝繁春 - 陸軍中佐、大本営作戦参謀として防疫給水部731部隊の証拠隠滅を命じたことで知られる。
井上頼豊 - チェロ奏者
板垣正 - 元自民党参議院議員(帰国後の一時期日本共産党に入党 のち脱党)、日本遺族会事務局長
宇野宗佑 - 第75代内閣総理大臣(抑留記『ダモイ・トウキョウ』を執筆)
香月泰男 - 洋画家
胡桃沢耕史 - 作家(『黒パン俘虜記』を執筆)
黒田了一 - 元大阪府知事
黒柳守綱 - ヴァイオリン奏者(黒柳徹子の父)
近衛十四郎 - 時代劇俳優(松方弘樹・目黒祐樹の父)
近衛文隆 - 陸軍中尉(近衛文麿の長男、抑留中に死去)
小堀宗慶 - 遠州茶道宗家12世。遠州流は小堀遠州を流祖とする茶道。
佐藤忠良 - 彫刻家
四国五郎 - 画家、絵本作家
瀬島龍三 - 陸軍中佐、関東軍参謀。後の伊藤忠商事会長
平参平 - 元吉本新喜劇座長
竹内悌三 - 1936年ベルリンオリンピックサッカー日本代表。