釈迦の入滅後、インドに於いて、仏教勢力は拡大するかに見えた。が、待ち受けていたのは、ヒンドゥー教からの攻撃と弾圧であった。ヒンドゥー教勢力からの反撃に遭った仏教は、インドでは定着する事はできなかった。さらに、ヒンドゥー教は追い討ちをかけるように、釈迦に新たな解釈を与えた。釈迦は、ヴィシュヌのアヴァターラ(化身)として地上に現れたとされたのである。偉大なるヴェーダ聖典を悪人から遠ざける為に、敢えて偽の宗教である仏教を広め、人々を混乱させるために出現したとされ、誹謗の対象にされてしまった。この結果インドでは、仏教は消滅への道をたどってしまった。インドで仏教が認められるようになったのは、インドがイギリス領になった19世紀以降である。
釈迦の聖地のある、ネパールでも釈迦は知る人ぞ知る存在であるが、崇拝の対象でもある。ネパールでは現在、ヒンドゥー教徒が86%、仏教徒が8%となっている。ネパールでも仏教は少数派でしかないが、ネパールの仏教徒は聖地ルンビニへの巡礼は絶やさず行っている。尚、ルンビニは1997年にユネスコの世界文化遺産に登録された。
仏教は仏滅後100年、上座部と大衆部に分かれる。これを根本分裂という。その後AD100年頃には20部前後の部派仏教が成立した。これを枝末分裂という(ただし大衆部が大乗仏教の元となったかどうかはさだかではなく、上座部の影響も指摘されている)。そして、部派仏教と大乗仏教とでは、釈迦に対する評価自体も変わっていった。部派仏教では、釈迦は現世における唯一の仏とみなされている。最高の悟りを得た仏弟子は阿羅漢(アラカン 如来十号の一)と呼ばれ、仏である釈迦の教法によって解脱した聖者と位置づけられた。一方、大乗仏教では、釈迦は十方(東南西北とその中間である四隅の八方と上下)三世(過去、未来、現在)の無量の諸仏の一仏で、現在の娑婆(サハー、堪忍世界)の仏である、とした。また、三身説では応身として、仏が現世の人々の前に現れた姿であるとされている。 とくに大乗で強調される仏性の思想は、上座部仏教には無いことが知られている。
釈迦の生涯を伝える文献
修行本起経〔大正・3・461〕
瑞応本起経〔大正・3・472〕これらは錠光仏の物語から三迦葉が釈尊に帰依するところまでの伝記を記している。
過去現在因果経〔大正・3・620〕普光如来の物語をはじめとして舎利弗、目連の帰仏までの伝記。
中本起経〔大正・4・147〕成道から晩年までの後半生について説く。
仏説衆許摩房帝経〔大正・3・932〕
仏本行集経〔大正・3・655〕これらは仏弟子の因縁などを述べ、仏伝としては成道後の母国の教化まで。
十二遊経〔大正・4・146〕成道後十二年間の伝記。
普曜経。
方広大荘厳経-これらは大乗の仏伝としての特徴をもっている。
仏所行讃〔大正・4・1〕((梵)Buddha-carita) 馬鳴著 注: 〔大正〕とは、大正新脩大蔵経のこと。
Lalita vistara
Mahavastu
遊行経 『長阿含経』中
仏般泥画経((パ)Mahaparinibbanna sutta)
大般涅槃経 法賢訳…以上3件は、釈尊入滅前後の事情を述べたもの
『自説経(ウダーナ)』:パーリ語による仏典。日本語に翻訳したものは ⇒[1]に記載されている(外部リンク)。
釈迦の生涯を描いた映画
『亜細亜の光』 (原題: "DIE LEUCHTE ASIENS" 1925年、ドイツ)
『釈迦』 (1961年、大映 釈迦役: 本郷功次郎)
『リトル・ブッダ』(1990年代、アメリカ 釈迦役: キアヌ・リーブス)
釈迦の生涯を主題とした音楽
貴志康一「交響曲『仏陀』」
伊福部昭「交響頌偈『釋迦』」(合唱を伴う管弦楽曲)
参考文献
水野弘元『釈尊の生涯』春秋社 ISBN 4-393-13701-9
中村元『釈尊の生涯』平凡社 ISBN 4-582-76478-9
中村元(1970)「原始仏教-その思想と生活」日本放送出版協会
増谷文雄『この人を見よ ブッダ・ゴータマの生涯 ブッダ・ゴータマの弟子たち』佼成出版社 ISBN 4-333-02193-6
宮元啓一『ブッダが考えたこと これが最初の仏教だ』春秋社 ISBN 4-393-13520-2
並川孝儀『ゴータマ・ブッダ考』大蔵出版 ISBN 4-8043-0563-7
⇒外務省HP
関連項目ウィキクォートに ⇒釈迦に関する引用句集があります。ウィキメディア・コモンズには、 ⇒釈迦 に関連するマルチメディアがあります。
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