コロンビアは1991年憲法により、すべての地下資源を国家が所有している。2000年以前は地方の治安が悪かったために探鉱・油田開発が殆ど行われていなかったが、近年は治安の改善もあり、欧米の資源メジャーによる開発がされており、今後に期待が持てる。石炭、石油、天然ガスを産し、全輸出額に占める原油と石炭の割合は30%に達する。コロンビアの石炭産出量は西半球に限定すれば3位に達する。品位の高い瀝青炭の比率も高い。油田はベネズエラ国境に近いマグダレーナ川流域に分布する。最も重要な金属資源は世界シェア7位(5.1%)を占めるニッケル鉱(7.1万トン、2003年)である。そのほか、鉄、銅、鉛、金、白金、銀、マグネシウムを産する。金と白金の産出量は南米では2位、1位を占める。すべての金属鉱床はアンデス山脈に沿って点在する。このほか、リン鉱と塩も産出する。
エメラルドの産出量は世界市場の約80%を占める。1990年時点では300万カラットに達した。
コロンビアの観光業は1940年代から開発され、現在も発展し続けている。主な観光地としてはボゴタ、カルタヘナ、サンタ・マルタ(ボリーバルの没した町)、メデジン、カリ、バランキージャ、サン・アンドレス諸島などがあり、それぞれ異なる嗜好の観光客をひきつけている。
観光協会はコロンビア内戦による治安悪化を理由にコロンビアへの旅行をやめるように警告しているにも関わらず、近年多くの旅行者がコロンビアに惹きつけられている。コロンビアには2006年150万人の観光客が入国し、これは前年比の50%増である。
地理や植生に多様で豊かであるため、近年エコ・ツーリズム産業が盛んである。
カリブ海岸のカルタヘナはビーチ・リゾートとして有名である。
国民北部アンデスの人口密度。赤い部分は特に人口が多い。コロンビアの人口増加グラフ。 2005年のFAOのものにより、人口は千人単位である。
コロンビアの住民は、国の歴史の多様性と同じように様々な人々によって構成され、ヨーロッパ系移民、インディヘナ、アフリカ系、中東系をはじめとするアジア系などが主な構成要素となっている。インディヘナの多くはメスティーソに統合されたが、現在もメスティーソとははっきり異なるインディヘナの集団は存在する。 ヨーロッパ系移民はやはりスペイン人が多かったが、それ以外にも第二次世界大戦から冷戦終結までの間にオランダ人、ドイツ人、フランス人、スイス人、ベルギー人、及び数は少なくなるが、ポーランド人、リトアニア人、及びイギリス人、クロアチア人などの移民もあった。例を挙げると、ボゴタ前市長のアンタナス・モクスは名前が示すようにリトアニア系の子孫である。 アフリカ系住人は16世紀から19世紀にかけて奴隷として移入された人々の子孫であり、大部分はカリブ海岸の熱帯低地に居住する。 アジア系移民はレバノン人、ヨルダン人、シリア人、中国人、日本人、韓国人などの入植があった。
人種構成はメスティーソが58%、ヨーロッパ系が20%、ムラートが14%、アフリカ系コロンビア人が4%、サンボ(アフリカ系とインディヘナの混血)が3%、インディヘナが1%である。
コロン来航以前のこの地は現在インディヘナと呼ばれている先住民が居住しており、インディヘナの数は約80万人と見積もられ、50以上の部族に別れている。彼らの多くはチブチャ系の言葉か、カリブ系の言葉を話す。アルウアコス族、ムイスカ族、クナ族などが現在も大きなコミュニティを築いている。
移民の多くはカリブ海沿岸のバランキージャに定着した。移民の出身国としては、レバノン、イタリア、ドイツ、アメリカ合衆国、中国、フランス、ポルトガル、そしてロマなどが挙げられる。カリブ海沿岸においてドイツ系と中国系の占める役割は大きい。南西部のカリを中心にカウカ地方には少数ながら日系人もいる。
1950年代前半には推計で約1200万人だった人口は、1964年のセンサスでは約1748万2000人に、1974年の推計では約2395万人に、1983年の年央推計では約2752万人となり、現在で約4300万人の人口を抱え、ブラジル、メキシコに次いでラテンアメリカで三番目に人口の多い国である。20世紀半ばに地方から都市への大きな人口移動があったが、次第に沈静化してきた。人口の都市化率は1938年に31%、1951年に57%、1990年に70%となっており、現在は77%である。人口10万人以上の都市が30ある。 国土の54%を占める東部の低地は人口の3%が居住するにすぎず、人口密度は1人/1km2以下になる。コロンビアの総人口は2015年には5200万人以上になると予測されている。
人口の95%以上がキリスト教徒であり、その内カトリック教会が90%である。約1%がインディヘナの伝統宗教であり、 ユダヤ教、イスラーム教、ヒンドゥー教、仏教はそれぞれ1%以下となる。
かつてのコロンビアは国家と教会の密着した、信心深いカトリックの国だったが、エル・ティエンポ紙の行った世論調査によると、信者の数は多いにも関わらず、人口の60%は熱心に信仰していないとのことであり、1960年代以降の都市化、工業化、世俗化の中で、カトリックに代わる新しい世俗的な倫理を生み出せていないことが近年の治安悪化の要因である。
コロンビアでは80以上の言語が話されており、50万人が先住民の言葉を今も話しているが、公用語はスペイン語であり、日常生活でも使われている。また、コロンビアのスペイン語は南米で最も正しくスペイン語のアンダルシア方言を残しているといわれている。
詳細はコロンビアの教育を参照ボゴタにあるコロンビア国立大学のチェ広場もしくはサンタンデル
1572年にボゴタ大学が創設され、伝統的に植民地時代から北部南米の学問の中心地であったボゴタが「南米のアテネ」、と呼ばれて多くの知識人を生み出したのとは対照的に、民衆への教育はあまり積極的に行われなかった。 そのため、現在も識字率は94.6%(実際にはもっと低い可能性がある)と低い部類に属する。
五年間の初等教育、及び四年間の前期中等教育は義務教育であり、無償となっている。前期中等教育を終えると、二年間の後期中等教育が任意であり、卒業者は大学への進学を選べる。主な大学はボゴタ大学(1572年)や、コロンビア国立大学(1867年)など。80%以上の児童が小学校に入学し、60%以上の小学生は5年生の小学校を卒業すると6年制の中学校に入学する。小学校の多くは私立学校である。
コロンビアは誘拐と殺人の発生率で悪名高い国である。1990年代には10万人辺りの殺人事件発生率が世界最悪であり、2000年のコカの耕作面積は1,630 km2と見積もられていた。
1960年代初頭の殺人事件発生数は3,000件ほどだったが、1990年代初頭にはこれが十倍の30,000件に達し、10万人当たりの殺人事件発生数が62人となった。これは世界最悪の数字だったが、ウリベ政権以降急速に改善されており、現在は10万人当たり39人にまで減少し、世界最悪の座は南アフリカに代わった。殺害される人々の90%以上は男性であり、 国境付近のプトゥマヨ県、グアビアーレ県、アラウカ県のような地域では10万人当たりの殺人事件発生数は100人に達する。
誘拐事件は1992年から1999年の間に計5,181件発生し、これは世界の誘拐事件発生数の2/3がコロンビアで起きたことになる。