コロンビア
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観光

コロンビアの観光業は1940年代から開発され、現在も発展し続けている。主な観光地としてはボゴタ、カルタヘナ、サンタ・マルタ(ボリーバルの没した町)、メデジン、カリ、バランキージャ、サン・アンドレス諸島などがあり、それぞれ異なる嗜好の観光客をひきつけている。

観光協会はコロンビア内戦による治安悪化を理由にコロンビアへの旅行をやめるように警告しているにも関わらず、近年多くの旅行者がコロンビアに惹きつけられている。コロンビアには2006年150万人の観光客が入国し、これは前年比の50%増である。

地理や植生に多様で豊かであるため、近年エコ・ツーリズム産業が盛んである。

カリブ海岸のカルタヘナはビーチ・リゾートとして有名である。


国民北部アンデスの人口密度。赤い部分は特に人口が多い。コロンビアの人口増加グラフ。 2005年のFAOのものにより、人口は千人単位である。

コロンビアの住民は、国の歴史の多様性と同じように様々な人々によって構成され、ヨーロッパ系移民、インディヘナ、アフリカ系、中東系をはじめとするアジア系などが主な構成要素となっている。インディヘナの多くはメスティーソに統合されたが、現在もメスティーソとははっきり異なるインディヘナの集団は存在する。 ヨーロッパ系移民はやはりスペイン人が多かったが、それ以外にも第二次世界大戦から冷戦終結までの間にオランダ人ドイツ人、フランス人、スイス人ベルギー人、及び数は少なくなるが、ポーランド人、リトアニア人、及びイギリス人、クロアチア人などの移民もあった。例を挙げると、ボゴタ前市長のアンタナス・モクスは名前が示すようにリトアニア系の子孫である。 アフリカ系住人は16世紀から19世紀にかけて奴隷として移入された人々の子孫であり、大部分はカリブ海岸の熱帯低地に居住する。 アジア系移民はレバノン人、ヨルダン人、シリア人、中国人、日本人、韓国人などの入植があった。

人種構成はメスティーソが58%、ヨーロッパ系が20%、ムラートが14%、アフリカ系コロンビア人が4%、サンボ(アフリカ系とインディヘナの混血)が3%、インディヘナが1%である。

コロン来航以前のこの地は現在インディヘナと呼ばれている先住民が居住しており、インディヘナの数は約80万人と見積もられ、50以上の部族に別れている。彼らの多くはチブチャ系の言葉か、カリブ系の言葉を話す。アルウアコス族、ムイスカ族、クナ族などが現在も大きなコミュニティを築いている。

移民の多くはカリブ海沿岸のバランキージャに定着した。移民の出身国としては、レバノン、イタリア、ドイツ、アメリカ合衆国、中国、フランス、ポルトガル、そしてロマなどが挙げられる。カリブ海沿岸においてドイツ系と中国系の占める役割は大きい。南西部のカリを中心にカウカ地方には少数ながら日系人もいる。


人口

1950年代前半には推計で約1200万人だった人口は、1964年のセンサスでは約1748万2000人に、1974年の推計では約2395万人に、1983年の年央推計では約2752万人となり、現在で約4300万人の人口を抱え、ブラジルメキシコに次いでラテンアメリカで三番目に人口の多い国である。20世紀半ばに地方から都市への大きな人口移動があったが、次第に沈静化してきた。人口の都市化率は1938年に31%、1951年に57%、1990年に70%となっており、現在は77%である。人口10万人以上の都市が30ある。 国土の54%を占める東部の低地は人口の3%が居住するにすぎず、人口密度は1人/1km?以下になる。コロンビアの総人口は2015年には5200万人以上になると予測されている。


宗教クンディナマルカ県のシパキラの町にある 塩の大聖堂

人口の95%以上がキリスト教徒であり、その内カトリック教会が90%である。約1%がインディヘナの伝統宗教であり、 ユダヤ教イスラーム教ヒンドゥー教仏教はそれぞれ1%以下となる。

かつてのコロンビアは国家と教会の密着した、信心深いカトリックの国だったが、エル・ティエンポ紙の行った世論調査によると、信者の数は多いにも関わらず、人口の60%は熱心に信仰していないとのことであり、1960年代以降の都市化、工業化、世俗化の中で、カトリックに代わる新しい世俗的な倫理を生み出せていないことが近年の治安悪化の要因である。


言語

コロンビアでは80以上の言語が話されており、50万人が先住民の言葉を今も話しているが、公用語はスペイン語であり、日常生活でも使われている。また、コロンビアのスペイン語は南米で最も正しくスペイン語のアンダルシア方言を残しているといわれている。


教育

詳細はコロンビアの教育を参照ボゴタにあるコロンビア国立大学のチェ広場もしくはサンタンデル

1572年にボゴタ大学が創設され、伝統的に植民地時代から北部南米の学問の中心地であったボゴタが「南米のアテネ」、と呼ばれて多くの知識人を生み出したのとは対照的に、民衆への教育はあまり積極的に行われなかった。 そのため、現在も識字率は94.6%(実際にはもっと低い可能性がある)と低い部類に属する。

五年間の初等教育、及び四年間の前期中等教育は義務教育であり、無償となっている。前期中等教育を終えると、二年間の後期中等教育が任意であり、卒業者は大学への進学を選べる。主な大学はボゴタ大学(1572年)や、コロンビア国立大学(1867年)など。80%以上の児童が小学校に入学し、60%以上の小学生は5年生の小学校を卒業すると6年制の中学校に入学する。小学校の多くは私立学校である。


治安

コロンビアは誘拐と殺人の発生率で悪名高い国である。1990年代には10万人辺りの殺人事件発生率が世界最悪であり、2000年のコカの耕作面積は1,630 km?と見積もられていた。

1960年代初頭の殺人事件発生数は3,000件ほどだったが、1990年代初頭にはこれが十倍の30,000件に達し、10万人当たりの殺人事件発生数が62人となった。これは世界最悪の数字だったが、ウリベ政権以降急速に改善されており、現在は10万人当たり39人にまで減少し、世界最悪の座は南アフリカに代わった。殺害される人々の90%以上は男性であり、 国境付近のプトゥマヨ県、グアビアーレ県、アラウカ県のような地域では10万人当たりの殺人事件発生数は100人に達する。

誘拐事件は1992年から1999年の間に計5,181件発生し、これは世界の誘拐事件発生数の2/3がコロンビアで起きたことになる。 2005年は800件の誘拐事件が発生し、2002年に比べれば73%の減少となり、その内の35%がその年のうちに救助された。2005年は18,870件の自動車盗難事件があり(2002年に比べれば37%の減少)、18,111件の殺人事件があった(2002年に比べれば38%の減少) 農村部や地方の左翼ゲリラ、極右民兵、政府軍の戦闘、及び麻薬組織の暗躍などの事情もあり、改善されたとはいえ決して油断はできない。

こうして犯罪が1960年代以降急速に多発した原因としては、かつて国民の倫理的な規範に国家よりも遥かに強い影響を与えていたカトリックに代わる新しい世俗的な倫理を、カトリック的な倫理規範が解体された後も生み出せていないことが大きな原因であり、こうした倫理的な空白が多くの悲劇的な凶悪事件を生み出している。


コロンビアの人物

カルロス・バルデラマ 前コロンビア代表サッカー選手

ファン・パブロ・モントーヤF1ドライバー


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen