北部にはマグダレーナ川やカウカ川が南から北のカリブ海に流れ、東部にはブラジルのネグロ川に連なるグアビアーレ川が流れる。また北部には国名と同様、カリブ海側のシエラ・ネバダ・デ・サンタ・マルタ山地には、コロンにちなんで名付けられた国内最高峰のクリストバル・コロン山がある。国土が広い割には人間がまとまって住んでいる地域は西部のアンデス地方や沿岸部に限られる。
世界のどのような類似の地域よりも多様性に富んでいて、ラテン・アメリカの中でも極めて地域主義が強い国である。例を挙げるとアンティオキア人はコロンビア人であることよりもまずアンティオキア人(アンティオケーノ)であることを優先するといわれ、他のコロンビア人にない貯蓄や開拓の気風はこうした傾向を一層強めた。そのため19世紀中にコロンビア全地域の商業がドイツ人とシリア人のものになってしまったのにも関わらず、アンティオキア地方だけはアンティオケーノだけが商業を担った。こうした事情があいまって、1920年代にコーヒー景気によって発達したアンティオキア経済は、1960年代にカウカ地方のカリに抜かれるまでメデジンを国内経済の中心地とするほどだった。
国内は自然区分によると、セントラル山脈地域、オリエンタル山脈地域、カリブ海岸低地地方、太平洋低地、東部地域、及び島嶼に別れる。東部はそのままベネスエラの地形に続きオリノコ川流域平原にはリャノが、グアジャナ高地にはアマゾンの熱帯雨林が広がり、これらの地域は国土の2/3を占める。
東部を除いた残りの西部は国土の1/3を占め、人口の大部分はこの西部に居住しているが、この中でも人口密集地は六地域に分けることができ、この六地域の反目がお互いを刺激しあって、競争による発展と時として暴力を用いた激しい対立を招いている。
エクアドル国境付近の海岸地帯ではマングローブの林が広がる。
国内最高峰はカリブ海側のシエラ・ネバダ・デ・サンタ・マルタ山地にあるクリストバル・コロン山である。
太平洋側では、パナマからプエナベントゥラまで続くバウド山脈は中央アメリカの延長である。
エクアドルから続くアンデス山脈は西部のオクシデンタル山脈と、中央のセントラル山脈、東部のオリエンタル山脈に別れ、山脈内でも場所や高度によりまた違った世界が存在している。オクシデンタル山脈は3000m級の山が存在し、セントラル山脈は5000m級の山が存在し、アンティオキア地方や、カウカ河谷もこの山脈内にある。オリエンタル山脈は首都ボゴタを含むクンディナマルカを擁し、カリブ海に向かうペリハ山脈と、ベネスエラのメリダ山脈に続く。
コロンビアはその国土の全てが北回帰線と南回帰線の狭間にあり、基本的には熱帯性の気候だが、気候はアンデス山脈の高度によって変わる。
標高900mまでが熱帯のティエラ・カリエンテ(Tierra caliente)となり、年間降水量は1500mm-2000mmに達し、年間平均気温は24℃以上で、バナナ、砂糖黍、米、大豆などが栽培されている。
標高900m-2000mまでがティエラ・テンプラーダ(Tierra templada) となり、年間降水量は1500mm-3000mmに達し、年間平均気温は17℃-24℃で、コーヒーは主にこの地域で栽培される。
標高2000m-3000mまでがティエラ・フリア(Tierra fria) となり、雲霧林(クラウド・フォレスト)が存在し、年間平均気温は12℃-16℃で、国土の15%はこの気候である。
標高3000m-4500mまでがパラモ(paramos)となり、木の生えない草原地帯が広がる。
標高4500mが雪線となり、ティアラ・エラーダという万年雪に覆われた世界となる。
軍事ボゴタを警備 (2005年)高地パラモに展開するコロンビア軍コロンビア海軍の帆船 ARC グロリア
詳細はコロンビアの軍事を参照
コロンビア軍は三軍からなり、2004年の時点で国防予算2,760,000,000米ドル。徴兵制が敷かれており、総兵力232,700人を数える。それぞれの兵力は
コロンビア陸軍: 兵員207,000人
コロンビア海軍: 兵員28,800人
コロンビア空軍: 兵員8,200人
となっており、40年以上続くゲリラとの内戦のために特に陸軍の規模が大きく、また、アメリカ合衆国からの潤沢な軍事援助を受けている。
軍は主にコロンビア内のゲリラ組織との戦いに当たる。
ボゴタソ以降、1960年代から内戦が本格化し、現在までコロンビア内戦が継続している。
1980年代の和平によりM-19が離脱し、現在敵対する左翼ゲリラ組織はコロンビア革命軍 (FARC) と民族解放軍 (FLN) だけになっており、近年ではウリベ政権はコロンビア自警軍連合などの極右民兵の武装解除をアピールしている。ベネスエラのウーゴ・チャベス大統領がFARCに聖域を提供するなどの行為もあり、未だに予断を許さない状態である。ウリベ政権はアメリカ合衆国のコロンビア計画を履行し、同国の支援を受けて軍拡を行い、治安維持に全力をあげている。
経済キンディオのコーヒー農園1000コロンビア・ペソ紙幣ボゴタからシパキラまでを行く列車(2005年)ナリーニョ県のラス・ラハス大聖堂
アンデス共同体の加盟国、メルコスールの準加盟国であり、南米共同体の加盟国でもある。
コロンビアの経済は、繰り返される内戦という政治の不安定さとは裏腹に、20世紀に入ってからはラテンアメリカ諸国の中でも最も安定した成長を続け、「ラテンアメリカの失われた10年」である1980年代にも他の南米諸国が苦境に喘ぐのとは対照的に、ハイパー・インフレやマイナス成長を記録したことはなかった。例を挙げると、国連ラテンアメリカ経済委員会の報告では1981年から1990年までのGNP総成長率は10年間で42.2%となり、一人当たり成長率でも16.2%となった。1999年には1932年以来はじめてのマイナス成長を記録したが、その後は再び順調な成長を続けている。しかし、このような安定成長と引き換えに、他の南米諸国のようなダイナミックな高成長を記録することもあまりないのが特徴である。
現在は首都ボゴタが最大の都市だが、元々はボゴタは内陸にあったのが災いしたため経済の中心地ではなく、20世紀後半にさしかかるまではアンティオキア地方の中心地メデジンや、1960年代に入ってから急速に成長を遂げたカウカ地方のカリなどがコロンビア経済を牽引していた。
最近では大規模な油田も発見されるなど産業は豊かであるが、貧富の差が激しく治安は悪い一方で厚い中間層も存在する。
19世紀の終わりから熱帯の換金作物のプランテーションが導入され、特にコーヒーは20世紀を通して外貨の稼ぎ頭であり、現在も貢献は続いており、現在でもコーヒーの産出量は世界で二番目である。なお、コロンビアの可耕地面積は国土の3.3%程(2005年)である。