1984年(昭和59年)3月18日午後9時30分頃、江崎グリコの江崎勝久社長が兵庫県西宮市の自宅(当時)で入浴中、侵入してきた犯行グループの男3人に全裸のまま誘拐され、身代金10億円と金塊100キログラムを要求する脅迫文が高槻市内の電話ボックスで見つかったが、犯人は姿を現さなかった。
江崎社長は、3日後の3月21日午後2時30分ごろ警察に保護された。大阪府摂津市の東海道新幹線車両基地近くを流れる、安威川沿いにある治水組合の作業小屋から、自力で抜け出したとされ、大阪貨物ターミナル駅構内で保護された[3]。
事件は収まったかのように思われたが、4月7日になって犯人グループは、「かい人21面相」名で「けいさつの あほども え」との書き出しで始まる、和文タイプライターで記された挑戦状を新聞社に送りつけてきた。マスメディアや捜査本部では企業へ脅迫目的で送られた手紙を脅迫状、新聞社やテレビ局、週刊誌などに送って社会へ公表することを前提に書かれた手紙を挑戦状として区別している[4][5]。
このマスコミに当てた挑戦状をそのまま紙面に載せることについては、朝日新聞社内でも犯人の意図に沿うことになるのではないかと異論も出たが[6]、結果的に載せることになり、マスメディアを通じて犯人から国民へ向けた情報発信がなされることになった。これをもって、社会評論家の赤塚行雄はグリコ・森永事件を劇場型犯罪と名付けて、同時期にマスメディアを騒がせていたロス疑惑と共にこの表現は使われた。
5月10日に送られてきた脅迫状の文面には「青酸ソーダ(シアン化ナトリウム)入りのグリコ製品を置いた」とあったが、その時には青酸ソーダ入りのグリコ製品は発見されていない。その後、10月7日に江崎社長の自宅(当時)がある兵庫県西宮市内のコンビニから「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」と関西弁で書かれた紙が張られた森永製菓製品の菓子が発見され、実際にシアン化ナトリウムが検出された。防犯カメラに犯人とおぼしき男(野球帽の男)が映っていた為、警察はその男の写真を公開、幅広く情報収集に乗り出したが、有力な手がかりは無かった。
その後、かい人21面相と書かれた脅迫状が丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋に次々と送りつけられ現金を要求。江崎グリコに対する休戦宣言の裏で、丸大食品を脅迫したが実際失敗している。
9月18日には森永製菓に脅迫状が送りつけられ、2ヵ月後の11月14日にはハウス食品に脅迫状が届いた。ハウス食品は犯人の指示どおり車に1億円を積み名神高速道路の指定された大津サービスエリア内で待機したが、その前後に以前から犯人グループの一人と目されていた「キツネ目の男」が一般道から進入できる同サービスエリアで複数回目撃されている。
また、同時間帯に警邏中の滋賀県警の警察官が、名神高速道路の栗東インターチェンジ付近で不審者の乗った自動車を発見した。地元の人しか知らないと言われている高速道路と一般道が交差する場所であり、エンジンをかけてヘッドライトは消している状態であった。警察官が職務質問をしようと近づくとその車は急発進し、市街地へと巧みなテクニックで逃走した。
その後の捜査で、車が停まっていた頭上の高速道路には白い布がフェンスに巻き付けられており、不審車の存在を考えると現金の投下場所であった可能性が高いと報道された。また、この際使用された逃走車から特殊な工場廃棄物が発見されている。
この逃亡事件に関わった滋賀県警は一連のグリコ森永事件の広域捜査には参加しておらず、捜査網を敷いていることなどの捜査に関する情報自体が現場の警察官にもたらされていなかったことから、せっかくの逮捕のチャンスを逃す結果となった。マスコミにより、広域犯罪に対して、警察の縦割り組織の弊害と各都道府県警とのつながりの悪さなど、警察組織の甘さが批判された。その後、マスコミによる滋賀県警批判や、結果的に重要事案の被疑者を取り逃がした可能性が高い点を警察内からも問題視されたことから、当時の滋賀県警本部長が焼身自殺する。
翌年の1985年の新年早々、前年の12月に犯人グループが「不二家」を脅迫していた事実を新聞が公表し、不二家脅迫が発覚。2月には「駿河屋」にも届くなど、食品業界の狼狽は続いた。
1985年8月12日(日本航空123便墜落事故と同日。同事故の犠牲者にハウス食品の浦上郁夫社長もいた)、犯人側から「くいもんの 会社 いびるの もお やめや…悪党人生 おもろいで」との終息宣言が送りつけられた。理由は自殺した滋賀県警本部長への香典代わりというものであった。
この終息宣言の後完全に犯人の動きがなくなり、2000年2月13日午前零時に東京と名古屋で青酸入りの菓子をバラまいた2件の殺人未遂事件とこれにかかわる28件すべてに公訴時効が成立した。犯人(かい人21面相こと、キツネ目の男たち)の正体及び動機は不明のままである。
--118.10.103.127 2008年8月30日 (土) 08:09 (UTC)
単なる誘拐事件と最初は思われていたが、大手食品会社が次々と脅迫され、実際にシアン化ナトリウム入りの食品がばら撒かれるなど、当時の社会に与えた影響は計り知れないものがあった。また企業への脅迫状とは別に、挑戦状を新聞社や週刊誌に送りつけ、その内容は警察をあざ笑うような内容が多く、自分達の遺留品の細かい出所まで書いたり、失態の責任を取って焼身自殺した滋賀県警本部長(ノンキャリアながら本部長まで出世した人物であった)を「男らしゅうに」と表現し、それと対比させてキャリア出身の責任者を貶めたりするなどしていた。