1973年に大阪で起きた大阪ニセ夜間金庫事件もグリコ・森永事件と関係があるのではないかと取り沙汰された。1984年9月18日に森永に1億円を要求した際、マンホールの上に置いた衣装箱の底から1億円を奪取するというトリックじみた手口がニセ夜間金庫事件と類似しているというものであった。
俳優の京本政樹が事件で使用された和文タイプライターと同じ型のものを使っていたので、一時、捜査線上に浮かんでいたことを、京本がテレビ番組で告白している。
なお、この事件で江崎グリコに次いで脅迫されたのは丸大食品であったが、当初この事実は捜査当局により伏せられ、三社目に森永製菓が脅迫された事件を毎日新聞がスクープし連続脅迫が発覚、社会に衝撃を与えた(当局は当初、便乗犯であり誤報だとの態度をとったが、その後犯人側の声明文で確認された)。事件が「グリコ・丸大事件」ではなく「グリコ・森永事件」と呼ばれるのはこのためとみられる。
また、犯人グループは読売新聞社に宛てた挑戦状でおよそ30年前の1955年に森永製菓の関連会社である森永乳業が引き起こした森永ヒ素ミルク中毒事件を例に挙げ「森永 まえ ひそで どくのこわさ しっとるやないか」と森永製菓を挑発していた。同じ挑戦状では明治製菓が当時売り上げ1位で、グリコの次は明治が狙われると誰もがそう思う、だから明治(を標的にするの)はやめた、という旨も書かれている。
山瀬まみがTBSのブロードキャスターで証言したところによると、山瀬の父親は森永製菓の社員だったので、当時の山瀬の家庭は事件の影響を受けた。
作詞家の川内康範は、週刊誌上(週刊読売)にて犯人に対し「私財1億2000万円を提供するから、この事件から手をひけ」と呼びかけた。
事件当時の大阪府警察本部長、四方修は退官後マイカル系列のメンテナンス会社、ジャパンメンテナンス(現イオンディライト)社長に就任。その後マイカル本社の社長に就任したが、マイカルは2001年に経営破綻、そのごたごたの中で解任されている。
アマチュア無線用の145MHz帯ハンディー機を受信改造して当時のアナログ警察無線を傍受するなど無線通信に対する知識も高いとされている。また、事件の発生している時期の1984年12月4日にアマチュア無線の7MHz帯オフバンドにて「こちら21面相…」「不二家はやっぱり金払わんちゅうとんのかい」などいう「21面相」と「玉三郎」を名乗る2人の通信が北海道岩内郡のアマチュア無線家によってたまたま傍受録音され、過去にテレビで放映された。捜査本部は犯人グループの可能性が高いと判断して、捜査が行なわれた[24]。
なお、ハウス食品脅迫事件では、身代金目的誘拐以外では極めて稀な「報道協定」が締結された。しかし、この協定には疑問の意見が噴出し、まず日本新聞協会に属さない新左翼系の『人民新聞』が報道し、続けて日本雑誌協会に属さない『噂の真相』の記事が決定打となって、『噂の真相』の発売日に事件未解決にもかかわらず、報道協定は解除された[25]。この報道協定の件は、「かい人21面相」も「報道の自由の自殺やないか」と批判している。
犯人からの手紙にも登場する音響研究所の鈴木松美所長はテレビ番組「平成日本の夜ふけ」において、電話音声解析の結果発信源の部屋まで特定出来たが、なぜかその後の捜査の進展は無かったようで、この件に関してなにか事情があったのかも含めて真相は分からないと述べた。
事件発生後の1984年には、犯人グループに便乗して食品企業を脅した企業恐喝事件が31件摘発された。この中には小中学生がファミコンほしさにネスレ日本を恐喝する、という事件もあった。
これらの便乗犯を筑波大学の小田晋教授は「コバンザメ犯罪」と名付けた。本物の犯人グループも脅迫状で偽者との取り引きに応じないように企業に呼びかけた[26]。なお、犯人グループは江崎勝久グリコ社長の声を録音したテープを同封することで自らが本物である証としていた[27]。
台湾では千面人として報道され、グリコ・森永事件のかい人21面相は有名だったという。1984年12月27日に台中市に住む34歳の男がグリコ・森永事件を真似て、インスタントラーメンに毒を入れたとして食品会社に日本円にして1億5千万円を要求、41時間後に逮捕されるという事件があった[28]。さらに2005年5月、台湾・台中市のコンビニエンスストアの店頭で、シアン化物の混入された瓶入り栄養ドリンク「蛮牛」が置かれ、それを購入・飲用した4人が相次いでシアン化物中毒症状を引き起こし、うち55歳の男性が5月18日深夜に死亡、2名が重体となった。 ⇒zh:毒蠻牛事件 この栄養ドリンクにはパソコンのプリンターで「有毒、勿喝」(毒入り。飲むな)と印刷されたシールが添付され、グリコ・森永事件を真似た悪質な悪戯として現地マスコミが大々的に報道した。また台湾の衛生当局は保力達ブランドの商品を安全が確認されるまで発売しないように通達した。5月27日に40歳の男が逮捕され、恐喝を目的としグリコ・森永事件を真似たものであると供述した。
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^ 朝日新聞大阪社会部『緊急報告 グリコ・森永事件』朝日新聞社、1985年、p64
^ 一橋文哉『闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相』新潮社・新潮文庫、2000年、p24
^ 朝日新聞大阪社会部『緊急報告 グリコ・森永事件』朝日新聞社、1985年、p135。
^ 例えば朝日新聞は、3月19日の江崎グリコ宛への手紙を「脅迫状」、4月8日に毎日新聞とサンケイ新聞社宛に届い手紙を「初めての挑戦状」とし、以後も同様に区別している(朝日新聞大阪社会部『緊急報告 グリコ・森永事件』朝日新聞社、p13、p46)。
^ 捜査本部も脅迫状と挑戦状を区別して、『脅迫状・挑戦状分析捜査報告書』を作成している(一橋文哉『闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相』新潮社・新潮文庫、2000年、p146)。
^ 朝日新聞大阪社会部『緊急報告 グリコ・森永事件』朝日新聞社、p70