グラビアアイドル
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1990年代のグラビア

1991年頃には、女性アイドルを扱った雑誌『BOMB』表紙では、それまでアイドルの顔写真が多かったものが、水着の全身に近い写真が増加した。当時アイドルとして人気絶頂だった宮沢りえが、突如としてヘアヌード写真集を発売。世間に与えたインパクトは非常に大きく、150万部のベストセラーとなり、これは芸能人写真集売上記録となった。またオスカープロモーション所属のC.C.ガールズのような、セクシー路線に徹したアイドルグループも多数登場したが、当時はまだ「癒し系」という概念はなく、体に不釣合いであっても豊かなバストであることがポイントとなるなど、売り込む対象は一部の男性層に限られ、恒久的に持続する人気が得られているわけではなかった。また『桜っ子クラブ』でデビューした井上晴美が水泳で鍛えたしなやかな肉体美と豊かなバストでグラビアを賑わせた。 しかしながらこの時点ではグラビアアイドルという言葉は浸透しておらず、依然アイドルといえばアイドル歌手や若手女優こそが本流であるという考え方が強く彼女等は「セクシータレント。」等という半ば蔑称で紹介されるなどしており地位が高いとは言えなかった。 1992年フジテレビが自社キャンペーンガールとして『フジテレビビジュアルクイーン・オブ・ジ・イヤー(以下フジテレビVQ)』を創設。グラビアで活躍するアイドルを毎年起用するようになり、翌1993年には内田有紀が選出されている。またこの年には集英社が自社発行のヤングジャンプ誌上で『ヤングジャンプ全国女子高生制服コレクション』として「制服の似合うアイドル」をテーマにした誌上オーディションを開始。こちらは翌1993年に北村麻衣(現:宝生舞)がグランプリを受賞している。こうした流れは途中でいくつかの紆余曲折がありながらも21世紀に入った今日まで続いている。

1994年、この年にエポックメーキングな登場をしたのが雛形あきこである。2年前に俳優として芸能界デビューしていたがパッとせず、イエローキャブに移籍して稲森いずみ吉野公佳木内あきら等と共に『フジテレビVQ』に選出され水着グラビアを始めるとその素質が一気に開花。俗に「雛ポーズ」と呼ばれる両腕を絞り胸の谷間を強調するポーズは、どこか子供っぽさが残る愛らしい表情と相まって、世の男性の性的欲求を大いに刺激し、これ以降の水着グラビアに1つの方向性を示したといえる。

1995年青木裕子坂木優子などが登場し、水着姿の写真集が改めて人気を得た。トピックとして、女性雑誌においてもツーピース水着の特集回数がワンピース水着を上回った。フジテレビVQでは華原朋美榎本加奈子遊井亮子秋本祐希が選出されている。

1996年、雑誌グラビア隆盛を受けて、講談社の『ミスマガジン』コンテストが青年誌を舞台とした『ミスヤングマガジン』と名称を変えて復活。第1回のグランプリにはイエローキャブの山田まりやが選ばれ(山田は同年の『フジテレビVQ』にも選出)、また前述の雛形あきこが前年の活躍を評価されて第29回ゴールデン・アロー賞グラフ賞を受賞するに至り、イエローキャブの名声は『巨乳』のキーワードと共に世間に大いに知れ渡り、隆盛を極める。この年には黒田美礼が本格デビューし、セクシー系グラビアを代表する存在として活躍している。

またデビューから時間を経て人気が出てきたものもいる。2年前に第1回クレアラシル「ぴかぴかフェイスコンテスト」でグランプリを獲得し芸能界デビューしていた広末涼子NTTドコモポケベルCMで全国区となり、可憐な美少女キャラとしてグラビアにも進出。『ショートカット』という流行キーワードを生み出し、多くのファンの心を虜にした。1993年にねずみっ子クラブでデビューしていた仲根かすみがこの年以降ソロとしてグラビア活動を始めて人気を得る。同じ頃川村ひかるがグラビアデビューを飾っている。

1997年、この年でグラビア界で一番大きな出来事といえば、大手芸能事務所ホリプロをバックボーンにしたグラビアアイドル優香のデビューである。幼さを感じさせる愛らしいルックスとそれに似合わぬ巨乳の持ち主というギャップで一気にグラビアクイーンに。その後も司会業から芸人並みのコントまでこなせる幅広い適応能力が評価されて人気タレントになったが、グラドル時代に発売されたDVDや写真集は今なお売れ続けている。

そしてこれを皮切りに他の芸能事務所もイエローキャブの手法、いわゆる「巨乳ブーム」に追随する動きが出ている。この時の事を野田・現サンズエンタテインメント社長は『自分たちは小さい事務所だから自分トコのタレントを世間に知ってもらう為にはグラビアみたいなところから始めるしかなかった。でもそこに大手のホリプロが入ってきたからね。優香はホリプロの大看板を背負って出てきたわけだから、こりゃ、「勝った」なって思ったな。やっと俺のやってきたことが認知されたなって、それまでも少しずつ変わっていたけど、優香が売れたことによって巨乳 = トロいみたいな認識から、その子の頭の良さや人間性に注目してくれるようになったよね。』と語っている(QuickJapan Vol.68「特集グラビアアイドル」の対談記事から)。

優香はデビュー1年後の1998年の第36回グラフ賞を皮切りに1999年第37回最優秀新人賞・放送新人賞、2000年第38回放送賞と3年連続でゴールデン・アロー賞を受賞し、第40回では記念表彰のゴールデングラフ賞を受ける快挙を成し遂げて、グラビアアイドルの地位向上に大きく貢献した。優香の成功によりグラビアアイドルは、ついにその強固なステータスを業界内に築き上げることになった。この流れに乗るようにアーティストハウス・ピラミッド柳明日香もフジテレビVQに選出され人気を獲得している。

その一方で巨乳グラドル隆盛の中、細身で美乳、ポヤッとした温かみのある顔立ちという新しいタイプのグラドルとして、藤崎奈々子がフジテレビVQに選出。翌年には山川恵里佳が『ミスヤングマガジン』特別賞を受賞し、イエローキャブに対抗する新たな芸能事務所としてアバンギャルドが注目されるようになる。同路線では子役として長い芸歴を持つ吹石一恵もフジテレビVQに選出されている。また賞とは縁が無かったが松田純もこの時期にデビューし、大きな人気を獲得した。さらにこの年にはテレビ番組「ASAYAN」の企画オーディションで不合格者となったメンバーを集めて結成したアイドルユニット・モーニング娘。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki