ギリシャ正教会
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歴史

ギリシャの正教会はローマ帝国時代以来の由緒をもつが、ギリシャ人の居住していたペロポネソス半島からアナトリア半島にかけての地域を管轄する教会は、東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリス(現代ギリシャ語:コンスタンディヌーポリ、英語:コンスタンティノープル)に座すコンスタンディヌーポリ総主教のもとにあり、中心地は現在のギリシャの領土内ではなかった。1453年にコンスタンディヌーポリ(コンスタンティノープル)はイスラム教徒オスマン帝国の支配下に入り、前後してギリシャ人を含む正教徒の居住地域の多くがオスマン帝国領になったため、オスマン帝国はコンスタンディヌーポリ総主教を保護して国内の正教徒を統制する政策をとった。

しかし、19世紀初頭にギリシャ人の民族意識が高まると、1821年にオスマン帝国の意を受けたコンスタンディヌーポリ総主教の慰撫を振り切る形で現在のギリシャの地で民族蜂起が起こり、ギリシャは王国として1830年にオスマン帝国から独立を果たした。これにともない、新生ギリシャ王国内の正教会は、アテネ大主教を首座として、旧宗主国オスマン帝国の影響下にあるコンスタンディヌーポリ総主教からの教会独立を宣言、1850年に至って総主教の側から承認を受け、相互に独立を承認した教会の関係になった。ただし、ギリシャ正教会の首座主教は「総主教」ではなく「アテネ大主教」のままである。


指導者の現況前職のアテネ大主教フリストドゥロス(2008年1月28日永眠)

2008年1月28日に、首座主教であるアテネ大主教フリストドゥロスが肝臓ガンで永眠した[1]。69歳。

後任のアテネ大主教としてイエロニモス2世が選立され[2]、2008年2月16日に着座した。


注釈^ギリシャ正教会トップの大主教、69歳で死去 - CNN・日本語
^Greek Orthodox bishops elect leader


関連項目テッサロニキのアギア・ソフィア聖堂の内観。貴重なイコンや壁画が多く残されている。

ビザンティン

ビザンティン建築 - 秀逸な記事

アトス山 - コンスタンディヌーポリ総主教庁の管轄であって、アテネ大主教が管掌するギリシャ正教会には所属していない。

アギア・ソフィア聖堂 (テッサロニキ)

オシオス・ルカス修道院

ダフニ修道院、オシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院

ネア・モニ修道院

神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区 (ホーラ)

ミストラス

メテオラ


外部リンク

ギリシャ正教会公式サイト - ギリシャ語と英語。リンク先はギリシャ語。
カテゴリ: ギリシャ正教会 | ギリシャ | 東方正教会 | 各国のキリスト教

更新日時:2008年10月2日(木)15:54
取得日時:2008/10/16 12:51


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki