そしてユダヤ教は神殿崩壊後の1世紀末にヨハナン・ベン・ザッカイの指導の下、神殿中心の体制を放棄して各地のシナゴーグを中心としたコミュニティに重きを置く体制に移行し[20]、世界宗教への指向を放棄して民族主義宗教の中に戻っていった[21][22]。こうしたユダヤ教再編の中で80年代にはキリスト教はユダヤ教から正式に閉め出され[23][24]、またキリスト教側もユダヤ人からの入信者が激減して異邦人入信者が多数を占めることで、ユダヤ教から離脱していくのである[25]。また、ヘレニズム思想と最終的に折り合うことができなかったユダヤ教とは異なり、キリスト教はそれに成功してローマ・ヘレニズム文化の中で独自の思想を発展させた[26]。ユダヤ教の聖典はそのままキリスト教にも用いられて『旧約聖書』となり、ユダヤ教の典礼や習慣の多くがそのままキリスト教に引き継がれたが、キリスト教の教父たちはユダヤ人たちがキリストを十字架刑に追いやったとしてユダヤ人を厳しく糾弾し、これがキリスト教社会におけるユダヤ人差別を準備することになる[27]。
イスラームはユダヤ教やキリスト教の影響を受けて成立した。イスラームはこの2つの先行宗教を共通の始祖アブラハムを戴くアブラハムの宗教であり、信徒は唯一神から啓示を受けて聖典を授かった啓典の民であるとして、根本的にはイスラームと異ならないものとしていた。イスラームによれば、モーセなどの旧約の預言者も、イエスもアッラーフの預言者なのである[28]。そして、アッラーフはユダヤ人やキリスト教徒に対してそれぞれに『聖書』を与え、アラビア人には『クルアーン』が与えられたのだとしている[29]。
しかし、ムハンマドが口述する『クルアーン』にはユダヤ教とキリスト教に関する誤解が多く含まれており、メディナのユダヤ教徒はこれを嘲笑したという[30][31]。政治的にもユダヤ教とイスラームは対立するようになり、624年にはそれまでエルサレムに向かって行っていた礼拝(キブラ)がメッカに向かって行われ始め、ユダヤ教から独立した宗教を形成していくことになる[32][33]。続いて、イスラームはキリスト教とも対立関係に入り、それ以降に口述された『クルアーン』にはユダヤ教とキリスト教に対する罵倒が頻繁に登場するようになる[34]。
この後の長い歴史の中でキリスト教やイスラームはユダヤ教を差別し、キリスト教とイスラームも激しい敵対を繰り返した。現代の政治や社会問題にも、これらの宗教間対立は暗い影を落としている。
西方ミトラ教はローマ帝国で兵士を中心に、キリスト教徒と並んで隆盛した[35]。西方ミトラ教の儀式は、後から誕生したキリスト教に残存している。
西方ミトラ教は密儀宗教であり、入信にあたっては浸水による洗礼を行った[36]。洗礼式は、キリスト教の母体となったユダヤ教徒にはみられない。なお、ユダヤ教の入信儀式は割礼であるため、初期キリスト教会では割礼を入信儀式とするか否かで議論があったことがパウロ書簡[37]からも伺える。
西方ミトラ教では、宗教的な意味合いで牛を屠殺してその肉を食して血を飲む密儀が信徒の間で行われた[38]。やがて、本物の牛の代わりに肉の代替としてパンを、血の代替として葡萄酒(ワイン)が用いられるようになった。聖餐式は、キリスト教の母体となったユダヤ教徒にはみられない[39]。
ミトラ神は太陽神でもあり、日照時間が最も短い冬至を超えると(日に日に太陽が出ている時間が長くなっていくので)12月25日に太陽神ミトラの降臨を祝った[40]。イエス・キリストの誕生日は聖書に記載は一切無い[41]。イエス・キリストの降誕を12月25日に祝うクリスマスは、古代ローマ帝国下の西方ミトラ教の冬至明けの祭儀(Dies Natalis Solis Invicti)に由来する。
マタイ福音書に記載されているイエス誕生時に東方から訪れたマギ(日本語では「博士」と意訳)はユダヤ教とは全く無関係であり、ミトラ教(あるいはゾロアスター教)の聖職者を意味するマギと合致する。
最後の審判と救世主思想はゾロアスター教に由来しており、バビロン捕囚時代にユダヤ教にも導入された。ミトラ教はゾロアスター教と相互に影響を与えた一方で、キリスト教はユダヤ教を母体に誕生した。
西方ミトラ教は密儀宗教であり、礼拝や秘密儀式は地下や洞窟で行われた[42]。西方ミトラ教の教勢が衰退してキリスト教が隆盛し始めると、初期のキリスト教徒は西方ミトラ教の地下礼拝所を破壊せずに流用した。
信者は、古代教会に直接連なる教会では、平信徒と聖職者に分かれる。聖職者は、輔祭(助祭)・司祭・主教(司教)の三階級に大別される。大司教、枢機卿、教皇等の区別は、教会の組織的発展の結果、教会行政的必要性から、主教職が細分されたものである。一方、宗教改革以降成立したプロテスタント諸教会には、聖職者を設けず、信徒のなかから教職として牧師をおくものが多い。