キリスト教
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科学への影響著書『天球の回転について』をローマ教皇庁に一時閲覧禁止とされたコペルニクス

迫害を恐れて自説を公表しなかったコペルニクスや、宗教裁判にかけられたガリレオ・ガリレイの事例などから、キリスト教(カトリック)は科学に対して抑圧的であったと考えられてきた。特に、近代科学の発展期はカトリック教会の保守化の時期と重なっているために、多くの科学史家はカトリック教会に代表される旧弊因習に、科学者たちが立ち向かって近代科学を発展させてきたとしてきた。

これら主流説に対する異説として、科学史家村上陽一郎はヨーロッパ近代科学を支えたのはキリスト教の精神であったとする説を唱える[72]。実用的かどうかはいったん度外視して「真理」自体を情熱的に追求するのがヨーロッパ近代科学の特徴であり、他地域の科学から大きく抜きん出た要因でもあるとし、それはキリスト教で培われた一神教神学への情熱がそのまま科学へ転用されたのではないかという説である。科学者達の多くは決して非キリスト教徒ではなく、むしろ熱心な信徒であり「神の御業」を追求したものであった点は指摘されなければならない[73]。渡辺正雄も、近世における科学の発展の背後には「神による啓示の書として自然界と聖書がある」というクリスチャンの意識があって、神をよりよく知るために自然への探求が始まったと述べている[74]

現代科学では、1847年にイギリスの医師ジェームズ・シンプソンの麻酔薬発明が許可されたのは、『聖書』中の「主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた」[75]という記述が根拠になった[76]。また、『ネイチャー』が物理学者数学者など1000人に行ったアンケートでは「神を信じる」との回答が39パーセントであった[77]グレゴール・ヨハン・メンデル

また、修道院が先進技術の発展に貢献した例が多数ある。14世紀15世紀において戦乱によって農業技術の革新が遅れていたロシアに西欧の輪作技術を導入したのは、ロシア正教会の荒野修道院群であった。カトリック教会聖アウグスチノ修道会修道士かつ司祭であり、のちには修道院長も務めたグレゴール・ヨハン・メンデルは、遺伝に関する法則(メンデルの法則)を発見した事で有名である。

ただし、現代において創造論進化論や、クローン技術、脳科学同性愛等の研究分野においてプロテスタントの一部に根強い聖書主義の立場から、大きな反対運動が起こっており、これが科学の発展を阻害していると見ることもできる。実際に巨大な政治力と支持基盤を背景に、アメリカ合衆国の一部の州ではこれらの研究そのものを禁止する、もしくは阻害する法案や運動が存在し、裁判に発展すること(進化論裁判)も稀ではない。これらの問題は個人が自身の常識に対して他を認めないという点において、キリスト教に関わらず、全ての宗教や思想、文化において起こりえる事である。しかし、その中でもキリスト教は規模と政治力が巨大なため、しばしば世界的な問題に発展するのである。


生活・その他への影響

医療・病院のルーツの多くが修道院にある。旅人を宿泊させる巡礼者を歓待する修道院、巡礼教会をいうホスピス(hospice)が、がんで余命いくばくもない人が最後の時間を心やすく過ごすための施設、ホスピスに転嫁したこと、歓待する(hospitality)が、病院(hospital)の語源でもあることはあまり知られていない。

修道院でリキュール(薬草酒として発達した面もある)が製造されているのもこうした医療行為に由来し、今日でも多くのリキュール・ワインビールといったアルコール類が一部の修道院で醸造されている(ワインはミサ聖餐式聖体礼儀用でもある)。これらの酒類の中には有名なブランドとなっているものも珍しく無い。


キリスト教に基づくとされている習俗

キリスト教は独自の典礼暦を用いて教義に基づく祭礼を行い[78]、またそれによって信者の生活を規定するが、一方で各地の習俗と融合した教義と無関係な慣習も多く見られる。以下に、現代の日本でキリスト教に基づくものと一般に理解されている習俗を取り上げキリスト教との関係などを概説するが、この他にも、日本では一般的ではない習俗は多数存在しており、クリスマス前のアドベント(待降節)、公現祭謝肉祭(カーニバル)、灰の水曜日枝の主日聖枝祭ペンテコステ、各種の行列、大勢の特定聖人の祝日などの祭日、また四旬節大斎や曜日を定めての節制などがある。これらに関しては典礼暦を参照されたい。


クリスマスクリスマスツリー

詳細はクリスマスを参照

神現祭も参照

クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝う記念日であるが、イエスの誕生日は知られていない。ローマ帝国時代、ミトラ教冬至の祭りがキリスト教に取り入れられたと考えられている。この祭りは西方で始まり、12月25日に行われた。一方、東方では、元来、キリストの生誕は洗礼とともに1月6日に祝われていたが、4世紀には次第に12月25日が生誕を祝う日として定着していく。ヨハネス・クリュソストモスは12月25日をクリスマスとすることを支持した386年の説教で、この祭りをローマの習慣であるとし、アンティオキアでは10年前から始まったとしている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen