ガンデンポタン
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カシャク制の成立


ダライラマ十三世の改革


近代以降

辛亥革命によって1912年に清国が滅亡し、その遺領の再配分が問題になった際、ガンデンポタンは、チベットの西南部(西蔵の部分)を実効支配し、チベット国家が中国とは別個の国家であることの確認や、清国の雍正帝に奪取されて以来、清国の隣接諸省に分属せしめられていたアムドカム東部の回復を目指して中華民国と対決した。ダライ・ラマ14世

1949年に、国共内戦に勝利して中国大陸を制覇した中国共産党政権は、「中国の領土を完成」させると称して人民解放軍を「西蔵」に侵攻させて全域を占拠、ガンデンポタンは、この軍事的圧力のもと、「十七か条協定」の締結を余儀なくされた。

この協定は、チベットと中国の当局者がチベットの地位に関して交わした取り決めとしては、吐蕃王朝唐王朝によって締結された822年講和・国境画定条約以来のもので、チベット国家の独立性と、ガンデンポタンによるチベット全土の統合を否定し、中国によるチベット併合を「祖国大家庭への復帰」と位置づけ、ガンデンポタンを「西蔵」部分のみの「地方政府」と位置づける内容を有し、1913年に「チベット・モンゴル相互承認条約」(蒙蔵条約)を締結して以来、歩調をそろえて中国からの圧力に対抗していたモンゴルとチベットの命運を決定的に分つものとなった。

1956年に勃発したチベット動乱においては、カムパたちを主として組織された抗中ゲリラとは一線を画し、ゲリラからの武器や兵糧の提供要求を拒み、十七か条協定で確保された自治の枠組みを維持することにつとめたが、果たせず、1959年3月、主要閣僚がダライラマとともに「西蔵」を脱出、インド北部のダラムサラを本拠とするチベット亡命政府として再編され、現在に至っている。


参考文献

チベット亡命政府情報・国際関係省『チベット入門』鳥影社

ペマ・ギャルポ『チベット入門』『チベットはどうなっているのか チベット問題へのアプローチ』日中出版

石浜裕美子『チベットを知るための50章』明石書店

川喜田二郎『チベット文明研究』中央公論社

野町和嘉『チベット 天の大地』集英社

ダライ・ラマ『チベットわが祖国 ダライ・ラマ自叙伝』中央公論新社、『この悲劇の国 わがチベット』創洋社

マイケル・ダナム『中国はいかにチベットを侵略したか』講談社

W・シャカッパ『チベット政治史』亜細亜大学

ハインリヒ・ハラー『セブン・イヤーズ・イン・チベット』角川書店

小林秀英『雪の国からの亡命 チベットとダライ・ラマ半世紀の証言』地湧社

パルデン・ギャツォ『雪の下の炎』新潮社

チベット国際キャンペーン『チベットの核 チベットにおける中国の核兵器』日中出版

フィリップ・ブルサール『囚われのチベットの少女』トランスビュー

英国議会人権擁護グループ『チベット白書 チベットにおける中国の人権侵害』日中出版


関連項目

ダライ・ラマ

チベット動乱

チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン (TSNJ)

東トルキスタン亡命政府

内モンゴル人民党

東トルキスタン共和国

蒙古自治邦政府

満州国

チベット・モンゴル相互承認条約


外部リンク

チベット亡命政府公式サイト(英語)

ダライラマ法王日本駐在事務所(日本語)

Tibet Online Web TV - Central Tibetan Administration Video Archive

Tibet Net

The Tibetan Centre for Human Rights And Democracy

International Campaign for Tibet

Laogai Research Foundation

この「ガンデンポタン」は歴史に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ歴史)。
カテゴリ: 亡命政府 | チベット亡命政府の政治 | チベットの歴史 | 東アジア史 | 中央ユーラシア史 | 歴史関連のスタブ項目

更新日時:2008年8月30日(土)17:14
取得日時:2008/09/07 20:45


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki