1974年にヴィクトリア&アルバート美術館において『カントリー・ハウスの崩壊』("The Destruction of the Country House") という展示が公開され大きな反響を引き起こした。さらに富裕層の減税政策を採用したサッチャー政権の成立により、凋落の一途をたどっていたカントリー・ハウスの総数は安定を取り戻し、さらには微増しているとさえ指摘されている。しかしながらカントリー・ハウスが有していた資本、階級と農業社会との関係は完全に過去のものとなった。
『図説 英国貴族の城館』にはセント・ジャーマンズ伯爵が現在も所有するカントリー・ハウスが取り上げられている。著者が屋内だけで20人以上の使用人が存在したであろうと推定している邸宅において、現在働く使用人は二人の庭師とメイド、家政婦、コックが一人ずつだけである。
今日のイギリスにおけるカントリー・ハウスの所有者およびその所有目的は多種多彩である。モンタキュート・ハウスやウェスト・ワイクーム・パーク、ライム・パークに代表される多くのカントリー・ハウスはナショナル・トラスト、イングリッシュ・ヘリテッジなどの公的機関によって所有されており、ミュージアムとして一般に解放されている。このような状況を指してステイトリー・ホーム産業などと揶揄されることもある。ウィルトン・ハウス、チャッツワース・ハウスおよび、コーンウォールのペンカロウ、オックスフォードシャーのロウシャム・ハウスなど比較的小規模なカントリー・ハウスは現在も貴族・ジェントリの末裔により所有されており、多くは維持費を賄うために夏の一定期間にのみ一般に開放される。見学料は5ポンド(1000円)程度である施設が多い。貴族の中でも高位に属した者達や歴史的に重要な物件にも、産業革命後に新興の豪商へと売却された物件が多く存在する。この例外としてコンプトン・ウィニエッツやバドミントン・ハウスは現在も先祖伝来の貴族が所有している。ノーサンプトンシャー州のイーストン・ネストンは歴史的にも重要な位置を占めるカントリー・ハウスであり、一般に公開されていなかった最後の邸宅であったが、2005年に第3代ヘスケス男爵アレクサンダー・ヘスケスによってロシア出身のビジネスマンレオン・マックスに売却された。
こららの状況とは別に、1945年以後にもカントリー・ハウスの建設がおこなわれている。ロビンソンの推定によると200以上が新規に建設されたとあり、この数は同時期に失われたものの3分の1にあたる。大部分は付近の農地とあわせて購入されており、数百エーカーの土地の地代を収入としている例が多い。
これらの比較的新しい建築物には、規模や建築様式の観点から注目に値するものはきわめて少ない。しかしチェシャーのイートン・ホール(1971年から1973年 ウェストミンスター公爵邸)、 ヨークシャーのガロウビー・ホール(1982年 ハリファクス伯爵邸)、アスコットのサニングヒル・パーク(1988年から1990年 ヨーク公爵邸)など特筆すべき例も存在する。
現在カントリー・ハウスを所有するには、複雑な問題を解決しなければならない。歴史的建造物に指定されている場合には修復および改築を政府機関の監督下で行わなければならず、この場合に要請される工事方法はたいていの場合は非常に高額となる。所有者からの批判の声にも関わらず、このシステムは建築物の美的、歴史的価値を良く保っているとして一般からは賞賛されている。しかし所有者の経済的な事情によって、規制のかからない屋根のタイルに安物を使用するために雨漏りが恒常的に発生する例が多いなど問題点も存在する。
以上のようにカントリー・ハウスで生活する上では様々な困難がもち上がるが、これを所有することにより得られる社会的ステイタスは現在も失われていない。
フィクションの舞台としてデヴォンシャーのチャッツワース・ハウス
ジェーン・オースティンの小説『高慢と偏見』に登場するペムバリー館のモデルであるとされる。キップとニフによるチャッツワースの鳥瞰図 1699年
周囲にはバロック庭園、菜園などが広がっている。その後南正面の改築と風景式庭園の建設がおこなわれた。
カントリー・ハウスは16世紀から20世紀にかけての英国文化の典型として多くの小説、映画において舞台として利用されている。この中にはイギリス文学の古典の一つであるジェーン・オースティンおよびブロンテ姉妹の作品なども含まれ、執筆当時の社会や生活を垣間見ることができる。
ジェーン・オースティンの小説『高慢と偏見』(1813年) はカントリー ・ハウスが描かれた最も著明な小説作品の一つである。数名の使用人を擁したファームハウスに住む主人公エリザベスの父ベネットは、付近のカントリー・ハウスを新たに買い取った商家の子ビングリーと交際する。ピングリーの邸宅ネザーフィールドにおいては、付近の中流階級に属する人々を招待し舞踏会が開かれるなど、地域における社交の場として利用されている。さらに彼よりも地位と財産を有する友人ダーシーの邸宅ペムバリーとそれに付随する広大な風景式庭園も登場する。興味深い事に主人公一行がこの邸宅を観光でおとずれる場面が存在し、ハウスキーパーによって内部を案内されている。作品中の記述によると、ベネットとビングリーおよびダーシーの年収はそれぞれ2000ポンド、5000ポンド、1万ポンドである。映画化作品においては実際のカントリー・ハウスがロケ地として使用された。原作が忠実に再現されているとして評価の高かったBBC製作、コリン・ファース主演の1995年のテレビシリーズにおいては、ペムバリーの外観にはライム・パークを、内部の撮影にはサドバリー・ホールが使用された。
シャーロット・ブロンテの小説『ジェイン・エア』(1847年) における同名の主人公は、両親の死後に裕福な親類のもとで孤児として育てられ、師範学校において教育を受けた。その後ジェントリであるロチェスターの邸宅ソーンフィールド・ホールにおいて家庭教師(ガヴァネス)として働くうちに主人のロチェスターと恋に落ち、波乱のすえに結婚することになる。ガヴァネスには何らかの事情により自活せざるを得ない良家の子女が務めることが多く、屋敷内では使用人でもなくチューターのように客人としても扱われなない中途半端な立場であった。出版時に人々がこの小説を不道徳であると非難したのは、身分を超えた恋愛を扱っただけでなく、失明したロチェスターの手をとって導く主人公が抱えるフェミニズム思想が当時厳として受け入れられなかったためであった。
カズオ・イシグロの小説『日の名残り』(1989年) はカントリー・ハウスにおいて執事として勤務していた主人公のモノローグで構成されている。ナチスに迎合したとして第二次世界大戦後に名誉が失墜した主人ダーリントン卿が死去すると、その屋敷であったダーリントン・ホールはアメリカ人の実業家ファラデイ氏に売却された。