オリンピック号
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1916年から1917年にかけて、カナダ政府の元で、ハリファクスからイギリスへの部隊輸送を行なった。1917年には、6インチ機関銃を装備し、迷彩塗装を施された。 1917年にアメリカが参戦すると、アメリカからイギリスへの大量の部隊輸送を行うことになった。

1918年5月12日に、ドイツ潜水艦U-103から雷撃を受けたが、船長バートラム・フォックス・ヘイズは、雷撃を回避した後に回頭して衝角攻撃を行い、巨大な船体を体当たりさせて撃沈した。第一次世界大戦中において、商船が軍艦を撃沈した唯一の事例と見られる。この行動には、反撃のために数千人の乗組員の生命をリスクにさらすべきではないという批判もあったが、ヘイズはアメリカ政府から殊勲十字勲章を授与されている。

第一次世界大戦を通して、オリンピックは34万7千トンの石炭を消費して、12万人の兵員を輸送し、18万4千マイルを走った。その活躍により「Old Reliable(頼もしいおばあちゃん)」という愛称で親しまれた。戦後、客船となり点検を受けた際に、喫水線の下にへこみが見つかり、調査の結果、不発の魚雷の衝突痕とされた。もし爆発していれば、沈没は免れなかったと考えられる。


再び客船として就役

オリンピックは第一次世界大戦終結後に再び客船として就役した。その後オリンピックは20年近く現役の客船として栄光を保ち続けた。

引退後のオリンピックは解体される予定であったが、その豪華な内装を持つ船を廃棄するのは惜しいという声があがり、内装の一部がオークションにかけられた。そしてダイニングの内装をイギリスの夫人が買い取り屋敷に使った。

夫人の死後、その屋敷もまたオークションに出されていたが、世界有数の船会社であるロイヤル・カリビアン社が落札。自社の船である2000年竣工のミレニアムのレストランに使用する事に決定したのである。そのレストランは「オリンピック・レストラン」という名で呼ばれており、室内はオリンピックのダイニングがそのまま利用されている。他にもオリンピックで使われていた食器類も飾られており、タイタニックとほとんど同じ事から映画タイタニックの人気を受け、そのレストランは連日の人気である。


すりかえ説

沈没した姉妹船のタイタニックとオリンピックは、すりかえられていたという説がある。

これはまったく根拠がゼロの物ではない。完成時のスクリュープロペラが写されている写真には、スクリューにかかれている番がタイタニックの番だったり(これはタイタニックが建造中に起こったオリンピックと巡洋艦ホークとの衝突事故でスクリューが破損し、建造中であったタイタニックのものを使用し交換したという説が有力)、客船の窓数も“沈没した”タイタニックと同じ数(オリンピックとタイタニックではわずかに異なるが、会社側は、オリンピックの宣伝用として、同型船の写真を使しただけという反論もある)だったりなどというものだ。いずれも写真によるものである。

だが、たとえ同型船とはいえ、使用しはじめてからしばらくたっている船と新造船ではまったく船の感じが異なるため、恐らく都市伝説の一種だろうと推測する向きもある。しかし、決してただの噂ではなく、著作物として公刊されている。それによると、保険金詐欺を狙いにしたものだという、十分に根拠のある説となっている。 ⇒[1]


外部リンク

RMS オリンピックエキサイト(英語)

The RMS Olympic Restaurant on the Celebrity Millennium (Virtual Tour of ship's Plaza Deck shows panoramic view).(英語)


この「オリンピック (客船)」は、関連の書きかけです。この記事を加筆、訂正などして下さる協力者を求めています。(ポータル 交通/ウィキプロジェクト 船
カテゴリ: 民間船 | クルーズ客船 | 船関連のスタブ項目

更新日時:2008年9月9日(火)16:36
取得日時:2008/10/07 00:04


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki