エルヴィスの急死後、その肖像権は非常に危うい位置にあった。彼はステージ以外の事は人任せであった。肖像権は一応管理はされていたのだが杜撰だった為、金儲けの道具とされ、エルヴィスのイメージを損なうものであっても簡単に商品化出来る状態だった。死去後まもなくして遺族らが膨大なエルヴィスの物的財産を管理する組織を結成、肖像権も管理しようと訴訟を起こした(当時、亡くなった有名人の肖像権の取り扱いは帰属等がはっきりしていなかった)。遺族らは勝訴し、肖像権を手に入れ、以後今日までしっかりと管理されている。
肖像権が管理できるようになって、エルヴィス・プレスリーという名を使い現在まで様々なプロジェクトを世界に向かって発信してきた。エルヴィスのキャリアはサン・レコードからデビューした1954年から死去する1977年である。エルヴィス自身は、もし僕が死んだらファン達は僕の事などすぐに忘れるだろうね、と語っていた。本業の歌の部門では、数多くの未発表テイクが発掘されている。
最近の話題だと新編集された曲が2002年FIFA World Cup KOREA/JAPANの公式テーマソングになったり、未発表映像も発掘され、1968年のTVスペシャルや1973年のアロハ・フロム・ハワイのアウトテイクを収録した完全版がリリースされ好評だった。その他、側近や友人、家族らが語るエルヴィスの人物像に焦点をあてた物や、エルヴィスのゴスペルに対する思いを映像化した物もある。エルヴィスの物まねタレント
それ以外にもエルヴィスをモチーフにした映画の製作や彼の曲が数多くの映画の挿入歌に使用される事も多い。エルヴィスに因んだセリフも数多くの映画の中で聞くことが出来る。ブロードウェイのミュージカルにも取り上げられる等、そのような話題はとどまる事を知らない。
エルヴィスの物まね、または成りきる(演じる)事を生業とする人々が世界に存在し、その数は数百人と言われている。また、エルヴィスを尊敬するアーティストも多く、そのようなアーティスト達が一堂に会したトリビュート・コンサートが実現した。
更に1997年には新たなる試みとして、エルヴィスのコンサート映像を使用し、それにあわせて当時のバンド・メンバーが演奏する「ELVIS THE CONCERT(エルヴィス・ザ・コンサート)」(最近「ELVIS PRESLEY IN CONCERT(エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート)」に名称変更された)のメンフィス公演が行われ、以後全米各地のほか、ほぼ年に1回のペースでアメリカ以外の地域でツアーを行っている。
死後、彼の生存説、目撃情報などが相次いで報告された。年をとったエルヴィスを見たという証言がある一方、若い頃そのままのエルヴィスを見たという証言もある。エルヴィスが生きているという確実な証拠には300万ドル〈約3億4000万円〉が支払われる。またエルヴィスの生存説を、アーティストのジョン・レノンが生前語ったことがある。ジョンによると、死んだはずのエルヴィスと電話で喋ったという。
エルヴィスの記録であるナンバー1ヒット曲数18曲が、マライア・キャリーによって近年追いつかれた。このことに対して、LAタイムズは、芸能面トップで「西洋文明の崩壊。ただ耐えるしかない。」「恥、悲劇だ。」とマライアを酷評した。理由として「7オクターブの音域の誇示(本当は5オクターブ)」「ヒップホップの売れ筋にあわせているだけ」「ビデオグリップで38歳のグラスマスな肢体を露出しているだけ」「刹那的商業主義の音楽界が出した結果」などがある。
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映画『フォレスト・ガンプ』 - 無名時代のエルヴィスがガンプの家に泊まり、背骨の固定装置を足に着けたガンプの動きにヒントを得て独自のステージパフォーマンスを編み出すというくだりがある。また、劇中でフォレストの母親が「子どもの見るものではない」と当時のエルヴィスに対する親の考えが表されている。
映画『ミステリー・トレイン』(ジム・ジャームッシュ) - エルヴィスのゆかりの地としてメンフィスを訪れる若い日本人観光客のカップルのエピソードが含まれている。女の子のジュンはエルヴィスに心酔している。エルヴィスの亡霊が登場したり、ラジオからエルヴィスの曲が流れたりもする。
映画『スコーピオン』という映画では主人公ら5人の強盗グループがラスベガスで開催されているエルヴィス・プレスリーそっくりさんコンテストの会場にジャンプスーツ姿で現れ、騒ぎに乗じて金を盗み出す場面がある。
映画『ババ・ホ=テップ』(2006)( ⇒Bubba Ho-Tep)(邦題「プレスリーVSミイラ男」)という映画の主人公はブルース・キャンベルが演ずるエルヴィス。エルヴィスは現在も、人知れず南部のとある老人ホームで余生を送っており、1977年に亡くなったのは実はそっくりさんだったという設定。
映画『ハートブレイク・ホテル』(1988年、クリス・コロンバス監督、デヴィット・キース、チューズデイ・ウェルド、チャーリー・シュラッター)、映画『グレイスランド』(1998年米、デヴィッド・ウィンクラー監督、ハーベイ・カイテル)など、プレスリーに対するオマージュを描いた映画作品は多数ある。
映画『フルハウス』 - 大のエルヴィス・ファンであるフルハウス#ジェシー・カツォポリスが主役。作品の随所にエルヴィス関連のネタが登場する。1度だがラスベガスへ行ったときには「ラスベガス万才」と同じ空撮の映像にジョン・ステイモスが歌った「Viva Las Vegas」が流れる。また、まだ母体の中に居る段階の子供に生まれるまでずっとエルヴィスの曲を聞かせようとしたり、子供部屋の装飾を全てエルヴィスグッズにしようとするエピソードもあった(結果的には未遂に終わるが)。また初期はエルヴィスを模した髪形をしていた。
TVシリーズ『俺がハマーだ!』- プレスリー似た者コンテストの優勝者が次々と撲殺される事件が起き、おとり捜査のために主人公ハマー刑事がコンテストに出場するエピソードがある。
ジャック・ウォマックの小説AmbientやElvissey(ともに未訳)で描かれる近未来世界では、エルヴィスの復活を信じるE教会(the Chirch of E)という宗教が登場する。Elvisseyでは、E教会の信者たちが、エルヴィスのそっくりさんファッションに身を固めて、"Elcon"という集会を開催するシーンがある。
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パーカー大佐
エルヴィスは終生アメリカ、カナダ以外でコンサートを行っていない。(海外での公演を許さなかった理由は、移民であるパーカー大佐がアメリカの永住権を所持しておらず、カナダを例外としてアメリカ国外へいったん出国すると再入国を許されない事態を恐れた為だったと言われている。なお、パーカー大佐の出身国に残してきた家族がエルヴィスに付き添う姿をテレビで見て仰天したという逸話が残されている。)
その為、パーカー大佐は世界の公演希望に応えるため、衛星中継という方法で、ナマのエルヴィスを世界へ送った。日本のゴールデンタイムにあわせて?ハワイ時間深夜1時からコンサートを開始した。また、チャリティ・ショーだった為、エルヴィスをはじめバンド・メンバーはノーギャラでコンサートを行った。この公演の収入は全て、クイ・リー癌基金へ寄付された。この公演のチケットには値段が付いておらず、客が献金したい分だけ払えば、購入することが出来た。6000席の会場で7万5000ドル集まったわけだから、1人あたり12ドル50セント支払った計算になる。
「アロハ・フロム・ハワイ」の記者会見でパーカー大佐は1000ドルを寄付(チケット購入)した。