エリザベス2世_(イギリス女王)
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女王時代アメリカを訪問した女王夫妻(2007年)

生来病弱であった父ジョージ6世の健康状態は1951年に入り悪化し、翌1952年2月6日にオーストラリアニュージーランド公式訪問の途上、ケニア滞在中に崩御した。これを受けて直ちにエリザベスは女王に即位して「エリザベス2世」となり、同名の母エリザベスは「エリザベス王太后」となる。

翌1953年6月2日にはウェストミンスター寺院で戴冠式が行われ、この模様はイギリス連邦内だけでなく、世界各国に当時の最新メディアであるテレビにより中継された。

以来55年にわたりイギリス女王の座にあり、「国民に親しまれる王室」を目指し、即位後は積極的にイギリス連邦諸国のみならず日本やアメリカ、フランスなどの諸外国を訪問するほか、私生活をテレビで放送するなど新しい試みを行った。その一方で超然たる一面を持ち、マーガレット・サッチャー首相が「女王と服装を合わせたい」と希望した際には、「臣下の服装に興味はありません」と一蹴したという。

2006年に80歳を迎えたが、現在も精力的に公務を行っている。2007年5月、英国植民地設立400周年を記念してアメリカを訪問した。同年11月19日には結婚60周年を祝う祝賀行事が催された。英国の君主で結婚60周年を迎えるのは、エリザベスが史上初である。翌日からは新婚時代を過ごしたマルタを訪問したが、一泊した後、英連邦首脳会議のためウガンダへ出発した。

近年は、息子たちの離婚・再婚問題や孫ヘンリー王子のスキャンダルなどに苦悩が絶えない。一方でそんな女王の人気はイギリス国内でも高く、国民の間でも退位を望まず「最後まで女王でいて欲しい」などの声も大きい。


子女

フィリップとの間にはの3男1女がいる。

ウェールズ公チャールズ王子(1948年 - ) - 王太子

アン王女(1950年 - )

ヨーク公爵アンドルー王子(1960年 - )

ウェセックス伯爵エドワード王子(1964年 - )


称号紋章入りの旗紋章入りのカナダの旗

エリザベス2世はイギリスを含め16の国家の女王・元首であり、それぞれの国で異なる正式称号を持っている。イギリスにおける正式称号は以下のものである。

Her Majesty Elizabeth the Second, By the Grace of God of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland and of Her Other Realms and Territories Queen, Head of the Commonwealth, Defender of the Faith

直訳は『神の恩寵において、グレートブリテンおよび北部アイルランドの連合王国ならびにその他の王国・領土の女王、英連邦の元首、信仰の擁護者にあらせられるエリザベス2世陛下』。

「信仰の擁護者」はマルティン・ルターに反対したヘンリー8世に対し、ローマ教皇レオ10世から与えられた称号。1534年の国王至上法によりイングランド国教会首長の称号となった。


論点

このため、法的に厳密に考えると、相互に反対の意見を持っている国の元首としての顔を持つことになる。たとえば2003年に勃発したイラク戦争では、同戦争に賛成したイギリスやオーストラリアなどの元首という立場を持つ一方で、同戦争に反対したカナダの元首として行動することもできる。

実際にイギリス以外の国の元首として行動することもあるので(特にその国に滞在している場合:たとえばカナダ滞在中はカナダ女王として、オーストラリア滞在中はオーストラリア女王として、パプアニューギニア滞在中はパプアニューギニア女王として行動する)、この問題は非常にややこしいものであると言わざるを得ない。


過去の称号

1926年4月21日 - 1936年12月11日
ヨーク公女エリザベス殿下(Her Royal Highness Princess Elizabeth of York)

1936年12月11日 - 1947年11月20日
エリザベス王女殿下(Her Royal Highness The Princess Elizabeth)

1947年11月20日 - 1952年2月6日
エジンバラ公妃エリザベス王女殿下(Her Royal Highness The Princess Elizabeth, Duchess of Edinburgh)

1952年2月6日 -
女王陛下(Her Majesty The Queen)


女王と競馬騎乗するエリザベス2世。左はアメリカロナルド・レーガン大統領

欧州での競馬のイメージは日本のそれとは大きく異なる。エリザベス2世も競馬ファンとして知られており、王室が開催するロイヤルアスコット開催時には毎年宮殿から馬車アスコット競馬場へ向かうのが慣例である。ちなみにロイヤルアスコット開催のレースで優勝した優勝馬関係者はエリザベス2世など出席のイギリス王室主催のお茶会に招かれる。

また、エリザベス2世は馬主としても多く馬を所有しており、自身の所有馬が出走する時競馬場に出向くことも多々ある。イギリスの「クイーンエリザベス2世ステークス」、日本の「エリザベス女王杯」、イギリスの植民地であった香港の「オードマピゲ・クイーンエリザベス2世カップ」等世界各地にエリザベス2世の冠と付く競走が多く存在している。


主な所有馬

Aureole(オリオール) - キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。この馬が活躍した1954年はイギリス首位馬主に

Highclere(ハイクレア) - 1000ギニーディアヌ賞(仏オークス)。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki