またフランスは、アルザスやロレーヌの一部を獲得しながら、帝国諸侯となることは出来なかった。フランスへの割譲は後述するスウェーデンへの割譲の場合と違い、その地域の帝国からの離脱を意味したのである。これにより、フランスの帝国議会・帝国クライスへの介入の道は閉ざされた。のちにルイ14世は再統一政策を掲げてライン川流域に手を伸ばすが、帝国クライスで結束した諸侯たちは一致してフランス勢力に立ち向かうことが出来た。
スウェーデンもこの条約でバルト海沿岸部に領土を獲得し、その一帯に覇権を打ち立てた。この時代のスウェーデンはバルト帝国とも称される。その一方で、1644年に親政を開始したクリスティーナ女王が寛大な姿勢で大幅な譲歩をしたため、取り分が激減してしまったとも言われる。彼女は父グスタフ・アドルフの理想(古ゴート主義)を放棄し、カトリックと和解した。彼女の理想は全キリスト教世界の救済だったのである。グスタフ・アドルフの政策を受け継ぎスウェーデンに勝利をもたらした宰相オクセンシェルナは親政により事実上失脚した。後に彼女はスウェーデンのプロテスタント教会と反目し、王位を返上してカトリックに改宗する。
またスウェーデンにおいて重要だったのは、フランスとまったく逆に、レーエンという形で領土を与えられたということである。すなわち、スウェーデンはフォアポンメルン、ブレーメン、フェルデンを得たが、これはスウェーデン王がフォアポンメルン公、ブレーメン公、フェルデン公の位を帯びることを意味したのである。スウェーデンは帝国議会に席を持ち、オーバーザクセン、ニーダーザクセン、ニーダーライン・ヴェストファーレンの3つの帝国クライスに席を占めた。この結果、この3つの帝国クライスはスウェーデンの介入により機能不全に陥ったが、その一方でスウェーデンは帝国諸侯として帝国が戦争を行う場合には兵員と軍資金の供出を義務づけられることとなった。オランダ戦争の際、1674年に帝国議会が対フランス戦争を宣言すると、スウェーデンはフランス側にたち、1675年に神聖ローマ帝国と戦争を始めるのであるが、スウェーデンは帝国と戦争を行いながらも、ブレーメン公としてニーダーザクセン・クライスに定められた兵員を供出する、という奇妙な立場に立たされることとなった。
ドイツは、帝国内の領邦に主権が認められたことにより、300に及ぶ領邦国家の分立が確定した。また皇帝の権利は著しく制限され、いわば諸侯の筆頭という立場に立たされることとなった。これにより、ハプスブルク家は依然として帝国の最有力諸侯として帝位を独占したものの、帝国全体への影響力は低下し、自らの領地であるオーストリア大公国やボヘミア王国・ハンガリー王国などの経営に注力せざるを得なくなった(ハプスブルク君主国)。その一方で、帝国の組織は保存され、それら領邦国家の保存・平和的な紛争解決手段として活用されることとなった。
デンマーク、イングランド(ピューリタン革命の中途)はプロテスタントでありながら戦勝国に加われなかった。また、カトリックのスペイン・ハプスブルク家がこの戦争を通して勢力の減退を印象づけ、以後は没落の一途をたどることになる。
従来、ヴェストファーレン条約は「帝国の死亡証明書」などと呼ばれてきた。ヴェストファーレン条約により神聖ローマ皇帝の権力が失われ、各領邦の主権が整ったことをもってこのような評価が為された。
これは、ドイツ国民史において、「なぜドイツはイギリスやフランスよりも近代化に手間取ったのか」という問いを立てたとき、旧態依然たる神聖ローマ帝国が問題であったと考えるのが妥当であったからである。しかしこの考え方は第一にプロイセンによるドイツ統一を正当化しようという意図が見られるということ、第二にフランス型の近代化を正統と見なそうとしているということ、以上二点の問題がある。
また、その一方で、死んだはずの帝国がなぜ消滅まで150年もかかったのか、弱小な帝国諸侯のほとんどが消滅まで命脈を保てたのはなぜか、新旧両派が存続し帝国権力もなくなったにも関わらず宗教戦争が以後起こらなかったのはなぜか、といった疑問にも答えることが出来ない。
こういった理由から、ヴェストファーレン条約や神聖ローマ帝国に関しては、大幅な見直しが進んでいる。
関連項目
国際法
主権
ピレネー条約
国家の独立
主権国家体制
フーゴー・グロティウス
外部リンク
⇒ヴェストファーレン条約全訳(歴史文書邦訳プロジェクト)
参考文献
伊藤宏二、『ヴェストファーレン条約と神聖ローマ帝国 ? ドイツ諸侯としてのスウェーデン』、九州大学出版会、2005年。 ISBN 4873788919
成瀬治、山田欣吾、木村靖二編、『世界歴史大系 ドイツ史1』、山川出版社、1997年。
菊池良生、『戦うハプスブルク家―近代の序章としての三十年戦争』、講談社、1995年。 ISBN 4061492829
カテゴリ: 三十年戦争 | 神聖ローマ帝国 | フランスブルボン朝 | スウェーデンの歴史 | 17世紀のヨーロッパ史 | 北欧史 | 講和条約
更新日時:2008年8月27日(水)13:22
取得日時:2008/09/24 00:54