1918年よりスコットランドに留学した竹鶴政孝によってスコッチ・ウイスキーの伝統的製法が持ち帰られたことが日本のウイスキー製造の端緒である。竹鶴は壽屋(現サントリー)に在籍し、1923年開設の山崎蒸溜所の初代所長となり、のちにニッカウヰスキーを創業した人物であり、両社には竹鶴の(及びスコッチの)影響が色濃く残っていると云える。当初竹鶴の目指した本格的なウイスキーは高価格に加えスコッチ直系の重厚な風味が逆に敬遠されて飲まれず、庶民が飲めるのはトリスをはじめとした安価だがあまり質の良くないウイスキーであった(中には原酒すら入っていない粗悪品もあったようである)。一方で高級品は舶来(ジョニ黒ことジョニー・ウォーカー黒ラベルなど)が定番であった。その後、サントリーとニッカの両社は独自の発展を遂げ、技術も向上し21世紀初頭には国際的な品評会で高い評価を収めることが増えている[4] [5][6]。
こうした評価もあいまって、後発でありながらジャパニーズ・ウイスキーは「世界の5大生産地」(スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本)の一つに数えられている[要出典]。ただし出荷の殆どは日本国内向けである。 1990年代以降には酒税法の改正もあり、サントリーやニッカをはじめ日本の各社においても、積極的に高級・長期熟成ものの投入に取り組んでいる。
主な製品としては、廉価ブランドでは、トリスウイスキー、サントリーレッド、ブラックニッカなど。中価格帯ブランドでは、サントリーオールド、サントリーリザーブ、ニッカオールモルト、スーパーニッカなど。高価格ブランドでは、サントリーでは山崎、白州、響、ニッカでは竹鶴、余市、宮城峡、鶴などがある。また、単一銘柄で普及価格商品と長期熟成の高級価格帯とを同時展開する、キリンディスティラリー(旧キリン・シーグラム)の富士山麓シリーズなどもある。
主なメーカーとしては
サントリー
ニッカウヰスキー
キリンディスティラリー
メルシャン
本坊酒造
宝酒造
などがある。
このほか余り知られていないが、地方の小規模な酒造会社(多くは日本酒の蔵元を兼ねる)も少量ながらウイスキーを生産している。これらは「地ウイスキー」と呼ばれる。地ウイスキーのメーカーとしては以下のような例がある。
札幌酒精(北海道)
笹の川酒造(福島県)
金升酒造(新潟県)
東亜酒造(埼玉県)
ベンチャーウイスキー(埼玉県)
モンデ酒造(山梨県)
玉泉堂酒造(岐阜県)
相生ユニビオ(愛知県)
若鶴酒造(富山県)
江井ヶ嶋酒造(兵庫県)
中国醸造(広島県)
ヘリオス酒造(沖縄県)
ウイスキーの日本国内市場での販売量は、2004年の1年間で、8万7500キロリットル余りと推計されており(課税および通関統計)、うちサントリーが約67%、ニッカウヰスキー(アサヒビール子会社)が約21%と推計されている(日本経済新聞社推計)。
その他の産地
ドイツのウイスキー
ドイツではスコッチ原酒を国内で熟成・ブレンド・瓶詰めしたレベルの高いウイスキーを生産している。
タイ・ウイスキー
タイでのみ生産されている。ウイスキーとは呼ばれているが、焼酎の仲間である。米と糖蜜を主原料とし、発酵させたものを蒸留し、ウイスキーの香りを付けている。他のウイスキーより甘みが強いのが特徴。代表銘柄はメコン・ウイスキーで、秋篠宮文仁親王もファンだという。日本で一般的な飲み方の外に、特殊なものとして、ストレートを半口とミネラルウォーターを交互に飲む方法と、タイ漢方薬などの薬草と混ぜて上記の方法で飲むヤードーンと呼ばれる方法がある。
インドのウイスキー
インドではイギリス植民地時代からスコッチウイスキーの製法に準じたウイスキーを製造しており、現在では5大ウイスキーに次ぐ生産量を誇っている。
その他
南米では写真を撮るときの合図に「ウイスキー」と言うことがある(他の地域では同様の合図に、チーズ、キムチ、テキーラ、キウイがある)。
また、1964年に自由民主党総裁選挙において、立候補した候補を応援する陣営のことを「ニッカ・サントリー・オールドパー」といっていた(ニッカが2つの派閥、サントリーは3つの派閥を応援する。3つの派閥を応援しつつも結果的に応援しなかった人はオールドパーという)。
「W」を正確に伝達するための、国際的な頭文字の規則の通称(フォネティックコード)
アメリカ海軍は西側諸国に対して情報が公開されていなかったソビエト連邦の潜水艦に対して上記のフォネティックコードを用いて命名をしていたが、そのうちのひとつウィスキー級潜水艦が座礁した事件がウィスキー・オン・ザ・ロックと称された。